対向車が来ると両手の甲で顔を覆っている。だが和美は自身の状態にも今の発言にも気づいていないようだった。

「あぁ、目の奥が‥‥痛い」

二台続けて車が来るとその動作は一層激しくなった。やはりそうなのだ、間違いなく見えているのだ。洋子は身震いする程うれしかったが、同時に心配になってきた。もうすぐ夜が明けるのだ。強い光を浴びたら目を傷める恐れがある。

「ねぇ、和美‥‥ちゃん」

本当はこのまま病院へ連れて行きたかった。だがあえてそれは口にしなかった。余計なことを言えばまた闇の中へ引き籠こもってしまうかも知れない。洋子はさり気なくサングラスを手渡した。そしてメーターを気にしつつ、ハンドルに齧りついて車を走らせた。

いつの間にか夜は明けていた。辺りは一面の濃い霧だった。三つ目の駅に着いた時、遠くで踏み切りが鳴り出した。和美は焦っていた。もしこの列車だったら、もしこの列車を逃したら、もう二度と会えないような気がした。せめてさよならだけは言いたかった。一瞬でいいからその姿を見てみたかった。

ブレーキの軋みが聞こえ、やがて重い地響きを立てて列車が入ってきた。眩しくて目を開けているのが辛かった。しきりに涙が溢れてきた。

だがそんなことに構ってはいられない。和美は焦っていた。ただ夢中だった。ふと赤いアポロキャップが目に入った。紺色の上下のほっそりとした男が背を見せていた。だが眩しくてとてもこれ以上は目を開けていられない。思わず両手で目を覆った。

プシューと音がして、ガラガラとドアが開いた。ザッザッと砂利が鳴り、男が列車に向かって歩き始めたのが判った。一歩一歩の足取りが彼女の胸を抉った。

「ガイ骨さん、ガイ骨さぁん」

和美は金切り声を上げた。だがちょうど発車ベルが鳴って彼女の声を掻き消した。和美の頭の中は真っ白になった。

「ガイ骨さぁーん」 

彼女は声の限りに叫んだ。その瞬間男の背がピクリと震えたような気がした。だが振り返りはしなかった。そしてプシューと音がして、ガラガラとドアが閉じていった。