【前回の記事を読む】僕のもっとも好きな時間はクレイン先生が聖書を朗読してくれるとき。彼の威光、そして十字架を見ると怒りが静まっていく。
波
「彼は、真鍮記念碑に刻まれたラテン語そのものだ。何も見ないし聴かない。僕たちみんなから離れ、異教徒の世界に住んでいる。
でも見ろよ、手でぱしっとうなじを打ったぞ。そんな仕草に惹かれ、人は一生、彼のことをどうしようもなく好きになってしまうのさ。ダルトン、ジョーンズ、エドガー、それにベイトマン、みんな同じように手でぱしっとうなじを打つけど、様になってないな」
「とうとう」バーナードは言った「うなり声がやんだ。説教が終わったぞ。彼は、扉のところで舞っていた白い蝶々を粉々にしてしまった。彼の耳障りでざらざらした声は、ひげ剃り前の下あごのようだな。酔っ払った船乗りのようによろめきながら席に戻ったぞ。
他の先生たちは皆この動作をまねようとするけど、彼らは弱々しくてなよなよとし、灰色のズボンをはいているものだから、結局物笑いの種になるだけなんだ。僕は彼らを軽蔑したりしないぞ。ただ、彼らの滑稽な仕草が僕の眼には哀れに映るんだ。
この事を将来の参考となるように、他のいろんな事と共に手帳に書いておこう。大きくなったらいつも手帳を持ち歩くんだ――あいうえお順に並べた、分厚くてたくさんページのあるやつを。それに思いついた言葉を書き込んでいこう。
「こ」のページには「粉々になった蝶々」と書いてあるんだ。小説の中で窓敷居に当たる陽光を描写しようとする時、「こ」のページをめくると「粉々になった蝶々」を見つけるのさ。これは役に立つぞ。木々は『窓辺に緑色の葉陰を落とす』。これも役に立つな。
でも悲しいかな! 僕は本当にすぐ気が散ってしまうんだ―― 渦巻きキャンディーのようなヒゲゼンマイに、象牙で装丁されたシーリアの祈祷書に。ルイスは、まばたきもせず何時間でも自然を凝視することができる。僕はすぐ挫(くじ)けてしまうんだ、誰かが話しかけてくれないと。『わが心の湖は、オールに水面を乱されることなく、穏やかに波打ち、たちまちねっとりとした眠りに落ちていく。』これも役に立つぞ」