妹が仕事の最中なら、今すぐに着信を入れることは正義でないと思われてくる。 連絡したくないのでは決してないけれど、迷惑を掛けることは避けたかった。 するとその時である。

「オーイ。いるかい?」

玄関に、耳なじみのある声が聞こえる。

「はーい、今行きます」

私は急ぎ玄関へ向かう。がらがらと音を立ててすりガラスの引戸を開けると、青色の箱が目の前にずいっと突き出された。近隣の農家にお願いしている野菜配達用の箱である。

野菜の配達を請け負う組合の会員として、野菜を定期的に購入しているのである。 箱を持参したのは配達員ではない。

「おまちどおさん! お届け物です。ナンチャッテ」

声の主は、顔一面に大きく笑みを浮かべた親友の三宅永一(みやけえいいち)だった。

ここ数年の間世話になりっぱなしで、彼のほうが年上なのだが、私が「永ちゃん」と呼んでも腹を立てない、鷹揚な性格をした男だ。

「永ちゃん! どうしたんだ、農場の箱なんか持って」

「すぐそこで配達員さんに会ってさ。お前んとこに行くって言うから、ついでに預かっといたんだ」

靴音を立てて玄関の戸をくぐろうとする彼のために、私はスリッパを用意した。 古い家屋であるためか、いずこよりか吹き寄せる隙間風の運んでくる塵が、埃となって積もるらしい。

今朝はまだ、掃き掃除を済ませてなかったために、来客である彼の足を汚させまいとする気遣いがこちらの気持ちに兆すようで愉快だ。

「ありがとう」

「おう!」

スリッパを履いた永ちゃんを案内するにあたり、私はわざとらしさが出ないように自然な動作を意識し、テーブルから手紙を取り上げた。

そのまま部屋の戸棚にしまう。永ちゃんはコートを脱いでいるところだ。 手紙を永ちゃんが見たとしても、私は腹が立たないと思う。それくらい信頼してる親友なのだし。

「ラファは元気か?」

「まぁね。つい先ほども、何ごともなく茶をすすってたってくらいなものさ」

彼女へ出したお茶は、少しも減らぬまま、マグカップに残っているのではあるが。 私はさり気なく、マグカップをキッチンに移した。

 

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