【前回の記事を読む】三年前にさらわれて村を出て、秋田へ。さらった相手と二人で暮らすようになり、ついには…

躑躅ヶ崎館(つづじがさきやかた)

杏が遠くの山を見て考えていた時、お腹が張り、腹痛に襲われた。

─最近、よくお腹が張るけれど、慣れない北国で生活しているからだわ。六月とは言え、この寒い地域の気候のせいで身体が冷えているのかもしれない。

杏は前屈(まえかが)みになり、お腹をさすっていると、お腹の違和感は、確信に変わった。

─まさか。お腹に赤ちゃんがいるのでは?

お腹がポコポコする。

杏のお腹に胎動が感じられた。

杏は慌てふためき、混乱した。先程まで、鳶加藤と共に歩むと思っていた人生のプランに対して、急に自信が無くなって来た。お腹に宿った命の重みで、自分の行為が浅はかだったかもしれないという自責の念が頭をもたげて来たのだ。

─私は、本当に加藤と共に人生を歩みたいの? 突発的に、ここ越後まで来て暮らしているけれど、本当にこの道が正しいのだろうか?杏の脳裏には、風魔の里に残してきた尋一の顔が浮かんでいた。急に私がいなくなって、彼はどんな思いだっただろう。

杏は、そう思い、再び夜空を見た。

満天の星空の中に、一際輝く星が光っていた。

その星は、杏がここしばらく忘れていた、杏の大好きな〝北極星〟だった。

─あの星は、北極星。私が尋一と話した夜、北極星が私に向かって光っていると話した。

そして、北極星は、私に前に進めと呼びかけていた。

忘れていた杏の記憶が急に蘇ってきた。

─私は、ここにいてはいけない。風魔の里に戻らなくては。