そう思った杏は、一度家の中に入り、非常食である干飯(ほしいい)と焼味噌、梅干しを兵糧袋に入れた。

用意した食料は、三日分の量だった。普段から、いつ合戦が起きても良いように、各家には、数日分の非常食が用意されていた。 

さらに着替えを何枚か別の袋に入れ、壺の中に入れておいた銭も全部取り出した。そして、それらを持って、厩舎から馬を出した。

杏は夜にも拘わらず家を飛び出し、南の野原に向かって馬を急がせた。

何も知らない鳶加藤は、ズーズーズーといびきを立てながら、家の中で眠っている。

杏が壺から出した銭は、全部で五百文だった。

真北にある北極星を背に、杏は南に進む。

─風魔の里に戻って、尋一に謝らなければ。

 

杏は一晩中馬に乗り、次の日も、日が昇り、日が沈むまで騎乗した。

尋一と違い杏は、山に出くわすと山に沿って、平地を移動した。

そのため、南に進んでいるつもりが、南西の方向に進んでいた。

昼は、持ってきた非常食を食べたり、十文払い昼飯を食べたりした。

夜は、二十四文支払い、一泊二食付きの宿に泊まった。

杏は、三条、長岡を越え、信濃川に沿って南に進んだ。物資の流通の要地であるそれらの町は、たくさんの人たちが行き交っていた。

新発田を出て八十キロ進んだ所、妙見(みょうけん)で、行き止まりになった。

南には山がそびえ立ち、西には、向こう岸が見えない程の大きい信濃川が立ちふさがっていたのである。

─途中の阿賀野(あがの)川では、渡しの船があり、五文を払って、渡ることができた。ここには、渡しの船はいない。仕方がない。南の山を越えよう。

杏は、そう思い、馬に乗りながら南の山を登り始めた。その時、突然、馬が暴れだした。

馬は北に向かって逃走し、杏は地面に振り落とされた。