【前回の記事を読む】「初期の大腸がんです。これなら内視鏡下手術で取れそうですから、だいじょうぶですよ」重大事をさも簡単そうに主治医に告げられ…
薄紅色のいのちを抱いて
魁桜(さきがけざくら)
今から桜の園の大地に立って将来を独りで見つめ直さなければならないのだった。
女桜守として。
そんな三月の半ば過ぎ、温かい日差しに誘われて夕子は、今出川通のバス停「北野天満宮前」でバスを降りて、天満宮を抜け、「平野神社」に行った。ここは、冬桜はもちろんのこと、三月半ばから四月下旬まで何らかの桜が楽しめる。
夕子はここの一重のしだれ桜「魁」と、花見客は関心を示さないが日本固有種の「オドリコソウ」が好きだった。
今日、ここへ来たのはその春一番に咲くしだれ桜─魁という桜を増やしたいとおもったからだ。
夕子は、「染井吉野」を除きできるだけ多く、桜の品種を集めたいとおもうようになっていた。魁桜は見たところ、ヒガンザクラの一種のようだが、高台寺のしだれ桜と同じ時期、三月半ば過ぎ辺りに咲くのが名前の由来だ。
桜の世界には魁となった人はたくさんいる。悠輔桜という品種はないが彼が最後に交配した桜が花を咲かせたとき、「悠輔桜」の名に相応しければ迷わず命名しようとおもっている。
今、桜の園の苗畑で育っている。今から何年後に開花するのか、そして春のいつごろ咲くのか、悠輔の願いを込めた桜の子孫の行く末が楽しみだ。
一周忌が過ぎた悠輔は、あちらの国へ旅立ったらしい。どうも夕子の側にいる気配が消えた。夕子は独り立ちをずっと考えてきたが、たとえ百歳まで生きたとしても健康寿命はいつまで続くかわからない。大げさにいえば、日本の財産とも言える桜の園を引き継ぎたいとおもってくれる誰か志のある若い人が現れるだろうか。