【前回の記事を読む】大腸がんの再検査で内視鏡検査が始まり、時どき止まる医師の手に恐怖する。数十分の検査にとても長い時間が過ぎたように感じた
薄紅色のいのちを抱いて
冬桜
夕子は桜の園に戻ると、冬桜の花に一礼して、枝だけの大紅しだれ桜の下に置かれた純白の椅子の覆いを取って座った。
椅子は温かった。
おそらく悠輔は先にここに来て、この椅子に座っていたのだろう。
「お帰り、心配あらへん。夕子と話せるんは今日かぎりやで。桜ん園は任せたさかい、百歳まで生きて、おまえのおもうとおりしたらええで」という声が聞こえる。
(そないなこと言うて、元気を出させようとしたってあきまへん。もしがんやったら、園を任すなんていうあんたの望みを叶えてあげられへんえ)
夕子にまた悠輔にしか吐露できない不安が押し寄せてきた。夕子はこの不安を、悠輔に聞いてもらっていくらかでも和らげたかったのに……突き放されてしまった。
「誰かと一緒に暮らしたくなったら、それもええで」とも確か聞こえた。
(そないなこと今、考えられるとおもっとるんかいな?)
夕子の心は悲しみと反発が綯い交ぜになった。
悠輔はかぎりなく遠くのどこかへ旅立っていったようだ。しかし不思議なことに彼に突き放されたことがかえって夕子の不安な心をわずかだが楽にした。
冬桜の花が冬枯れの寒さの中でまた一輪、凛として咲いた。