「それじゃ、医学生って大変なだけ、っていう感じじゃない?」
とユミが訊いた。小百合さんは少し考えた後で、
「それはそうでもない」と言った。
「すっごく大変だけど、楽しい気もする。でも、時々本気で嫌になる。そんな感じかな」と続けて、トマトとモッツァレラチーズのスパゲッティをクルクルっとフォークに巻き付けて口に入れた。
「ところで、図書館で何をやっているんですか?」
小百合さんは話題を変えて、僕に訊いてきた。僕はあまり答えたくなかった。秘密の作業には秘密だからこその意味がある、簡単にばらすつもりはない。
「手当たり次第に本を読んでいます」
と答える。小百合さんは食べるのを止めて、
「どうして?」とこちらを見る。ユミも手を止めてこちらを見る。
「音楽じゃ解決できなかったから」
と、自分でも意外な言葉が口をついて出る。唐突で的外れな答えだ。
最近僕は、音楽をいくら聴いても聴いても、心にポッカリ開いた穴凹を埋めることができないでいる。僕が六十二点で赤嶺が九十四点だと知った時からずっとそうだ。当日と翌日は普通に過ごし、翌々日から図書館通いが始まったのだ。
最初の二日間は、おそらく事の重大さにまだ気づいていなかった時期、ただ誰かと過ごす気にはなれず、マンションに戻って一人で音楽を聴き続けたのを思い出す。ところが、あれほど頼りにしていた音楽は、いくら聴いても心が晴れなかったし、今、何を為すべきかの答えを一向に教えてはくれなかった。
「音楽は役に立たない、だから本にした」
と、僕はぶっきらぼうに言った。これ以上の説明はできない、僕自身にもわかっていることはこれだけだから。
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