もう昔の遊水池はない。

落雷の恐ろしさを忘れて、怖いもの見たさで川の様子を見に、堤防の上に登ってみた。川は降り続く雨に土色の濁流が逆巻いている。だいじょうぶだろうか? 耐えてほしい。天気予報は前線が停滞しているのでまだ、雨は降り続くという。

広大な住宅地が桜の園の、もうそこまで迫っているのがわかった。

先人が工夫した、自然に逆らわず肩すかしをするように、洪水の力を削ぐ機能はなくなっていた。

今、川が氾濫したら、この住宅地も桜の園も、水浸しとなり、かつて悠輔が記した大紅しだれ桜の支柱の刻みより高く浸水するかもしれないとおもった。そうなったら、夕子独りではどうにもならない。

夕子は桜の園に戻る。

地球はどうにかなってしまった、と言われて久しい。しかし誰も結論を知らないようだし、誰も責任を取ろうとはしないのだ。みんな、責任を巧みにかわし続けている。

原因がわからないことほど、怖いものはないのだ。こう頻繁に各地が水浸しになり、大地が崩壊するのは、何かが起こっている証ではないのか。

雨がひとしきり強くなったようだ。ざーと降る音が大きくなる。

桜の園の中を流れる小川の水も濁り、川幅は普段の倍はある。細い園路は幅員全体が川になり始めている。この小川もかつては川の水の量を減らすためだったのかもしれない。

夕子は悠輔を背後に感じながら園に接する川の堤の上に立って濁流をじっと眺め続けた。

雷は次第に遠ざかっていった。