第4章 ゴルフ

実は、私はどんな遊びにおいても、人間を観察することが好きだ。というか、いつもどんな人間か見ながら、話したり遊んだりしている。

ゴルフ場でも、一緒にプレーする人のことを評価してしまう。相手がそれを知ったら、嫌がるだろう。しかし、多かれ少なかれ、誰しもそうしていると思う。

初めて彼女とラウンドする頃は、「桔梗さん」と名前で呼ぶようになっていた。当然というか、残念というか、「さん」を付けないで呼ぶところまではいっていない。

彼女は、私を「太田さん」と呼んだ。ファーストネームの「弘明」では呼ばない。互いに年齢は言っていなかったので、私を年上と思っているのか、敬意を表しているのかは分からなかった。

いずれは、「弘明」とか、「ヒロチャン」と呼ばれたい。今のところそれが願望。敬称をつけて呼ぶあたりに、彼女のきちんとした一面がみられると思っている。

その日は、彼女を、車で迎えに行った。彼女は、自分のマンションから100メートルほど離れた交差点まで出てきていた。彼女のマンションは、大きい通りから少し入ったところにあった。

車で彼女のほうへ近づくと、手を振って微笑んだ。紺色のパンツに小さな花柄のシャツとその上に真っ白な薄手のパーカーを着ていた。彼女の顔立ちは、可愛いというよりは美しい大人という感じなので、ひらひらの可愛い服やスカートは似合わないような気がしていた。

今日の服装は、私の目から見てパーフェクトだ。

「迎えに来てくださって、ありがとうございます」

車に乗り込むとき目が合ったが、眉と目が、前髪に少し隠れていた。清々しく際立つ彼女の美しさは自分のような平凡な男には、不相応かと思えた。

「車に乗せていただいてうれしいです」

「もう少し高級な車だといいのだけど。我慢してください」

私の車は、1200㏄の国産の乗用車だ。こんなことが起こるなら、奮発して中古のドイツ車とか、高級な日本車を買っておけばよかった。

「そんなことありませんよ。こうして迎えに来てくださって、とてもありがたいわ」

私は、彼女のキャディーバッグを車に積んであげた。女性が持つとは思えないほどずっしりと感じた。彼女のほうを向いて何か気の利いたひと言を言いたかったが、何も思い浮かばず、お礼の言葉にちょっとうなずくだけだった。彼女のひと言は、とてもありがたかった。

そういう彼女の車は、ドイツの車だ。車の性能も値段も素晴らしい。

20分ほど走っていくと、2車線の道路になった。左側車線を気持ちよく走っていると、大きなワンボックスカーが右側車線からこちらの車線に急に割り込んできた。すれすれに私の車の右から黒い大きな影が来たのに驚くと同時に、私は、ブレーキをかけた。

どうやら、追い越し車線の遅い車を抜かすために、こちらの車線に進路を変更したのだ。その車は、また急に先を走る車の前に割り込み、スピードを上げ我々の車から遠ざかっていった。

しかし、私たちの車は、すぐにさっきの無謀運転の車を追い越した。なぜか、路側帯に止まっていたのだ。あんなところに止まっていたら危ないけど、大きい車だから、近づいてくる車の運転者は、気付いて避けることは容易だろう。

横のノロノロ車も私たちの車も、止まった車の横を通り抜けた。桔梗さんもその車のほうを振り返りながら見ていたが、その顔が微笑んでいるように思えた。あんな無謀な運転をするからだと思えたが、ざまを見ろと言いたかった。

「自業自得かな」

桔梗さんが言った。 

 

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