中学での学校生活

中学生活に慣れてくると、毎日が本当に楽しかったです。好きなことに関心を寄せ、友達と話し、一緒に運動し、そして遊びに行き、本当に自由でした。あまりにも自分の思いに沿って生きていた分、人のことを気にしない行動を取っていたこともあったと思います。

同じクラスの人たちには迷惑であったのかもしれないと、後になって思い返すことにもなりました。

特に中学2年の時の友だちとは一緒にいる時間が長かったです。私を含めて6人が、夏の日曜日の朝の6時から集まり、野球をしたり、鬼ごっこをしていました。その日は、夕方6時に家に戻ったのですが、テレビの前に座ったまま、身体が動かないほど疲れ果てていました。

風呂に入ってさっぱりしたいのに動けない、おなかはへっているのに食卓につけないというようなことを経験しました。全身全霊をかけて遊びきった、中学2年のある日の思い出です。

また、部活には入らずに、放課後もその気の合う友達数名と走り回っていました。試験前であっても、全校の部活の練習が無くがらんとした運動場を私たちのグループだけがサッカーをしたり、だれが持ってきたのかラグビーボールを蹴りあったりして遊んでいました。

それを高台にあった校舎の職員室から先生が見ていて、校内放送で注意をしてくれたことがあります。

「2年×組~~、×組~~、×組~~、×組~~、×組~~、はよ家に帰って試験勉強せぇ~よ~」

遊んでいる私たちに向かって放送で呼びかけてくれたのです。

存在を知ってくれていて、しかもかまってくれているありがたさ、うれしさを感じつつ、「ばれてるやん」といいながらみんなで「そうやろなぁ~」といいながら帰途についたことは、この上なく楽しい思い出です。

先生たちのおおらかさ、やさしさに感謝しかないです。そんな関わり方をしてくれて楽しい思い出をくださって本当にありがたいです。

職員室から運動場は見下ろす位置にありましたが、一人一人の顔まで見えていたのでしょうか。双眼鏡でも使ったのでしょうか。放送をかけてくれたのは男性の声でしたが、その声の主はどなただったのでしょうか。温かい視線で見守っていただいたことに対してお礼を申し上げたいです。

 

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