具体的には、まず大学の残り期間を使って学業を継続し卒業するために、以前から計画していた卒論執筆に必要なデータ収集を目的にスペインに留学し、家族や母国から遠く離れた異国での単身生活をしながら学部で学んだ社会言語学的フィールドワークを全土で実施すること、そして現地で出会う多くの人との交流を通し「幅広い人間性と自立性」を確立すること、さらには帰国後一般企業に入社し会社員生活を経験して社会を知ること、という短期的な計画を立てました。

最後の「社会を知る」という計画は、社会というものがどのような業種やどんな種類の労働者で成立しているか、そこではどのような問題があるかというような「社会のしくみ」を理解しようというものでした。

スペインから帰国後、大学卒女子学生就職氷河期の中、女性を「お茶汲み」や「受付嬢」として配属するのではなく一人前の働き手と認め、後年の「総合職」に匹敵するレベルの待遇を保証してくれた某銀行に受け入れていただき、その行員として働きながら社会人生活を経験するという道を選びました。

銀行での仕事は本店営業部の輸出関連業務で、外為専門銀行員として知識や世界の政治・経済情勢把握も必要で責任もあり毎日大変充実して忙しく仕事に追われ、手応え十分でした。

外国為替の変動の結果、日本から遥か遠いスエズ運河やホルムズ海峡の閉鎖が論じられるような背景も知りました。世の中の会社の多くが年末年始休みに入っている大晦日に、年内に輸出業務を終えたいお客様のために、除夜の鐘の音を聞きながら仕事したことも懐かしく思い出します。

当時課内に二人の役職付き女性上司が配属されており、銀行のお仕着せ制服姿の私は、私服着用が許され外部の顧客と対等に交流しているように見えたこのお二人の働き方を女性キャリア形成のロールモデルとして強く憧れ、このお二人のようにずっとここで働き続けたいとも思ってはいました。

当時、「女性の生き方」をテーマにした人気女性情報誌の取材を受けましたが、どちらの道も魅力的に見え捨て難いと思えた私は「体が二つあったら嬉しいのに」というようなことを述べた覚えがあります。それほど当時の私のST志望の意思は強固で、どんなに魅力的な誘いにもほとんど気持ちが動くことはありませんでした。


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