【前回記事を読む】失語症の方が自主的に社会に出て、対人交流と経験を重ねることが「当たり前の生活を取り戻すこと」につながる発症後全身状態が落ち着いてからも心臓の不調が続き、頻繁に体調不良に陥ったため発症10年後の2019年10月、ようやく心臓の治療を本格化させました。それまで手術を決行しても生命予後の危険性が高いと敬遠していた、「アブレーション」という不整脈を起こす心筋を焼く手術を受けることにし、…
脳損傷後遺症の記事一覧
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脳卒中で「失語症」を発症——生存率も低く、いつ命が終わるかも分からない。死と隣り合わせの状況で感じたことは…
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エッセイ『脳卒中が拓いた私の人生』【第7回】関 啓子
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「失語症の方々のために貢献したい」——教授になっても研究を続け、「よりよいコミュニケーション」実現のために活動し続けた
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エッセイ『脳卒中が拓いた私の人生』【第2回】関 啓子
大卒女子学生の就職氷河期。私は「お茶汲み」「受付嬢」ではなく「総合職」レベルの待遇を保証してくれた某銀行の行員になったが…
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エッセイ『脳卒中が拓いた私の人生』【新連載】関 啓子
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