【前回記事を読む】脳卒中で「失語症」を発症——生存率も低く、いつ命が終わるかも分からない。死と隣り合わせの状況で感じたことは…回復期リハビリテーション病院を退院後、自宅や施設などの拠点に落ち着いた時期を生活期と言います。発症時混乱状態にいた患者さんは、回復期〜生活期に至ってようやく落ち着いて自分のこれまでの人生を振り返り今後の生き方を考えられると言われています。私の場合、生活期がちょうど復職以降…
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エッセイ『脳卒中が拓いた私の人生』【第9回】関 啓子
職場復帰のために、麻痺や発話障害が残ったまま一人暮らしすることに。不便と不安で怯える中、火傷で追い打ちをかけられ遂に…
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エッセイ『脳卒中が拓いた私の人生』【第8回】関 啓子
脳卒中で「失語症」を発症——生存率も低く、いつ命が終わるかも分からない。死と隣り合わせの状況で感じたことは…
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エッセイ『脳卒中が拓いた私の人生』【第7回】関 啓子
失語症の方が自主的に社会に出て、対人交流と経験を重ねることが「当たり前の生活を取り戻すこと」につながる
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エッセイ『脳卒中が拓いた私の人生』【第6回】関 啓子
「失語症の方々のために貢献したい」——教授になっても研究を続け、「よりよいコミュニケーション」実現のために活動し続けた
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エッセイ『脳卒中が拓いた私の人生』【第5回】関 啓子
帰りの遅い夫、ご飯の支度、息子の夜泣き…。家事を終え、寝不足と闘いながら仕事に取り組む毎日だったが…
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エッセイ『脳卒中が拓いた私の人生』【第4回】関 啓子
文献探索から国際的技法の翻訳・開発まで! MIT日本語版(MIT-J)誕生秘話とWAB標準化への挑戦
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エッセイ『脳卒中が拓いた私の人生』【第3回】関 啓子
限界年齢ギリギリの挑戦! ぶっつけ本番でST養成校に合格し、神経研での研究人生へと進んだ奇跡の記録
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エッセイ『脳卒中が拓いた私の人生』【第2回】関 啓子
大卒女子学生の就職氷河期。私は「お茶汲み」「受付嬢」ではなく「総合職」レベルの待遇を保証してくれた某銀行の行員になったが…
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エッセイ『脳卒中が拓いた私の人生』【新連載】関 啓子
失語症患者を支援してきた言語聴覚士。自身も失語症を患い、当事者になった――。単身赴任先で脳卒中に襲われ…