人類の文明の元になったものを三つあげなさい
あるとき動物と人間は何が違うかを徹底的に考えたくなり、いろんな本を読みました。でも納得がいきませんでした。
そんななかで人気小売業のプロダクトを手がけるアートディレクターとして知られるデザイナーがこんなことを発言しているのが目にとまりました。
「空いた手で棍棒を持つのは自然だけれども、たとえば川に行けば、2つの手を合わせて水をすくって飲んだはずです。それが器の始原。器という道具の原点、原型です。だから、『棍棒』『器』。道具の始原は2つあると思うんです」(原研哉/阿部雅世著 平凡社刊『なぜデザインなのか。』2007年)
人間の発明した道具の始まりを突き詰めていくと「棒」と「お椀」に分類されるという原氏の発想には、すごく触発されました。
人類は「棒」を使って獲物をとることを覚えました。発明したと言い換えてもいいでしょう。「棒」は外部からエネルギーの源を手に入れるという行為を象徴しています。
手と手を合わせる祈りの形からは、器が生まれました。「器」はエネルギーを体内に吸収するという行為を象徴しています。
でも、なにか足りない。私はそう感じました。
そこで閃いたのが「人間は比較することで進歩した」という考えでした。そして比較するには「物差し」が必要です。つまり人間は「棒」と「器」に加えて「物差し」を道具として発明したからこそ、ここまで進歩することができたのではないかと考えたのです。物差しとは比較をする際に基準となるものです。正しく比較するには基準が明確にされていなければなりません。
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