「君が松岡君か。安本君から話を聞いていると思うが、今回大下専務の背任横領のことが問題になっている。私としてはコンプライアンス委員会を組織して徹底糾明するつもりでいる。当面はここにいるメンバーで調査を進める。

で、君にお願いしたいことがあってね。タルタル電気担当の君が営業五課の動きを探って情報を流してもらいたいんだが、どうかね」

常務はテーブルの上に両ひじをついて両手を組んだ上にあごをのせて、一直線に飛んでくる低い声をぶつけてきた。細目の中には、有無を言わせないような鈍く光る瞳がある。

沈黙の中でメンバーの透視を行った。相対する常務の背後には老中の姿が見えた。平取二人と監査役は裃(かみしも)姿の武士が憑いている。多分、目付、大目付といったところか。

経理部長と課長は勘定帳をめくっている武士がいた。勘定奉行と奉行見習いの組み合わせだろう。安本には十手を持った与力が山伏と入れ替わってくっついている。

(これじゃぁ、赤目大蛇の専務には勝てないぞ。化け物に人間が勝てる訳がない)

一瞬のひらめきで、口から出たとこ勝負の言葉を並べ始めた。

「近藤常務、せん越ながら進言したいことがあります」

立ち上がって一礼すると、横やりが入らないように一気に話し始めた。

「今回の大下専務の一件、社内だけの問題で収まらない可能性もあります。まして、専務を背任横領で訴追するとなれば世間やマスコミの注目を集めることになり、タルタル電気にも飛び火する可能性大です。我が社にとってメリットがあるようには思いません。そこで、大下専務に自発的に退任していただく方策をとった方が良いかと思います」

両手に汗がにじみ出ていた。体は硬直していて腰を下ろすことができない。

「ほう、松岡君。君、面白いことを言い出したね。何か手立てはあるのかね?」

常務は組んでいる両手の上にあごをのせたまま、より一層目を細めて見つめてきた。両側のメンバーも俺を凝視している。真っ白になりかけた頭が出任せを口から吐き出させた。

「はい、私に一週間お時間を下さい。目処が立たなかった時には、是非とも近藤常務のお力をお借りしに参ります」

とにかく硬直した上半身を九十度に折り曲げてテーブルの模様を見つめていた。

「そうか、面白い。任せてみるか。ただし、一週間以内だぞ。それじゃ、松岡、お前に一人パートナーをつけてやろう。大下専務の動向はお前ではつかめんだろう。秘書室の青木琴美を使え」

常務は立ち上がると、イスにかけてあった上着を羽織り会議室から出ていった。残ったメンバーも常務の後に続いた。安本は経理課長の後を追いかけていたが、会議室からの出際に近づいてきて、

「松岡、大丈夫か? あんなはったり常務の前で言ってしまって」

と言い残していった。

 

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