出版社を後にしてから、悪魔は目に見えて上機嫌だった。我が家へ向かう足取りは軽く、今まで見たことのない心底愉快そうな笑みを浮かべている。
「行き掛けの駄賃ってやつだな」
「本当に藤島さんと契約するつもり?」
「彼女の願いが汲み取れたらね」
「でもあの人、ナツメくんと付き合いたいって」
もしその願いを叶えるとしたら―。
「若くて男前で都合のいい彼氏が欲しいってことなら、そういう人間を見繕うよ」
「でも」
「悪魔のこと、舐めてる?」
不意に彼から笑顔が消える。
「僕は何十年も何百年も人間の欲望を満たしてきたんだ。自分の体験を文字に起こして悦に入(い)っている小説家よりも、恋とか愛とかそういったものの本質は心得てる」
そんなこと言われたら何も言い返せない。
「君は君の書きたいものを書いていればいい。後は僕が上手くやってあげるから」
「で、でも! 藤島さんと契約するってことは、ナツメくんが悪魔だとばれちゃうってことで……私の小説が売れてる理由も」
「ばれたところで彼女の仕事ぶりに影響はない。けど、そうだね。君が書きづらくなるなら編集担当を替えてあげよう。これは彼女と契約したい僕の都合でもあるからね」
「そういうことじゃなくて」
ではどういうことなのか、物書きのくせに上手く言葉にできなかった。
「大丈夫。君が死ぬまで書き続けるだろうことは僕も分かってるから、執筆の邪魔はしないよ」
そしてまた、もてあそぶように悪魔は私を魅惑する。
「僕のことをネタにしたって、別に構わないしね」
ひょっとして新作会議の時から聞いていたのだろうか。
イケメン年下男子の視点。図らずも編集担当の盛大な勘違いがプラトニックに合致するため、 レンタル彼氏の設定で出会おうかと考えている。
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