そんなパンにグラスフェッドバターを塗り幸せそうに食べる紫衣を真亜はまだ正面から見つめられず、でもその瞬間を心地よく感じていた。

「ドイツはビールとソーセージ、そう印象づけたのは誰?」

こんなに美味しいものが沢山あるのにと話す紫衣に、相槌を打っている真亜は自然に笑顔になっていた。

「なぜ調色師になったの?」

「色が好きなの」

「何色が好きとかは聞いたことあるけど、色が好きって面白いね」

「この世の中は沢山の色で溢れてるでしょ? それも好き。正確にいうと、色に反射する光が好きなのかもしれない」

「あの聖シュテファン教会のシャガールの青の光の中で何を感じたの?」

「私の父がステンドグラス作家で、父が欲しかったガラスの色がシャガールの青だったって、一足踏み入れた瞬間に感じたの。海の中にいるような、それでいて暖かい光を感じられるシャガールの青。その色は全てを赦す色。

お父さん、見つけたよって思わず言ってしまったの。あ、父はもういないのだけどね。真亜さんのご両親は?」

「僕の両親はあまり仲が良くなくて、そんなに話すことはないな。僕は叔父のつてで入った製薬会社の転勤でドイツに来ているんだ」

と、真亜は下を向きながら笑った。

「紫衣ちゃんは何歳?」

「私は今年で二十七才」

「僕より一つ下だね。若く見えるね」

二人の話は尽きなかったが、紫衣は明日はバスでフランクフルトからローテンブルクまで移動するのでもう帰らなくてはいけないと真亜に伝えた。

「明日、僕の車で一緒に行こうか? ローテンブルク、行ったことないし、行きたい所なので」

「いいんですか?」

二人とももっと話していたかったのだ。

「フランクフルトからローテンブルクまで約二百キロ、二時間位で着くから、ロマンチック街道沿いの街も見てみるといいよ」

——俺はなぜ饒舌になっているんだろう——

真亜は少し照れながら、紫衣が喜ぶだろうルートを頭の中で見つけていた。なんとかして会う口実を作りたかったのだ。

ローテンブルクは、バイエルン州の北東部、ロマンチック街道のほぼ中間点に位置している。ロマンチック街道は、ヴュルツブルク、ローテンブルク、アウクスブルク、フュッセンなどの都市をつなぎ、ドイツの伝統的な村や景色を楽しむことができるのだ。

翌日、朝九時に真亜は紫衣の泊まるホテルに迎えにいった。フォルクスワーゲンのPOLOは、二人の旅にはちょうどいい。フォルクスワーゲンは癖のない乗りやすい車で、真亜は日本でも乗っていた。  

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