【前回の記事を読む】「あなた、まさかあの患者が人工呼吸器を止めたと言いたいの?」全身火傷に昏睡状態だった彼女。でも確かにあの夜目撃したのは…

眠れる森の復讐鬼

四階病棟に戻っても一夏は仕事も手に着かない様子で電子カルテの前で呆然としていた。気付くと先輩の小林から何度か呼び掛けられていたらしい。

「ねえ、四〇一号室のナースコールが鳴ってるから行ってきてよ。私オペ出しがあるから」

「あ、はい」

何気なく引き受けてから、四〇一号室が石川嵐士の病室だったことを思い出した。よりによってこんな時にあいつの顔を見ないといけないなんて不運にも程があると泣きたいような気持になったが、何とか気を引き締めて一夏は病室のドアを開けた。

嵐士は急場は凌いだものの、まだ絶対安静である。心窩部にはドレナージチューブが留置されており、赤黒い血液が少しずつベッド柵に下げたドレナージバッグへ移動している。

「何ですか?」

一夏はベッドの足元の方から不愛想に訊ねた。

「糞したんだ。換えてくれ」

嵐士は自分の股間を指差して言った。一夏は殆ど絶望的な気分になった。

(何故私がこんな奴のオムツ交換をしないといけないの?)

屈辱的な運命を呪いながら、無言で病衣のズボンを下ろしていく。オムツを外して悪臭のする便を温水で洗い流しながら布で拭き取っていく。体を横向きにして肛門や臀部まで綺麗に拭き取り、最後に新しいオムツに交換した。始める前は屈辱で発狂するのではないかとすら思ったが、終いには感情が麻痺していつもと同じように平然とこなすことができた。

嵐士は一夏が便で汚れたオムツを片付けるのを横目で見ながらにやにや嗤っていたが、急に目を丸くして彼女の顔を見つめた。