【前回の記事を読む】殺人事件だとして、最も被害者を憎んでいたのは彼女だ。しかも看護師の彼女なら、アラームを鳴らさずに人工呼吸器を止めることも…
眠れる森の復讐鬼
そんな考えで頭を悩ませているとMRIの検査で呼び出された。重い体に鞭打って海智は病室を出た。右側の小さいエレベーター前で待っていると、ドアが開いて一夏が出てきた。彼に気付くと鳩尾の前辺りで小さく右手を振って通り過ぎた。表情は昨日と比べると少し楽になったようだ。
海智はエレベーターで降りながら、やはり彼女を疑うのはやめようと決意した。この事件に関わるのも彼女を助けたい一心からだ。それで彼女を疑うのは本末転倒だ。そう思いながらMRI室に向かった。
「石破さん、院長がお話があるそうなので、一緒に来てください」
一夏がカルテを書いていると後ろから佐藤病棟師長に声を掛けられ、彼女は思わず椅子から立ち上がった。
「院長ですか?」
「ええ、中村大聖さんのことでお話があるそうです」
師長は至極丁寧な態度ではあるが、細い瞼裂の奥の眼はやけに冷ややかであった。
一夏はしばらく呆然としていたが、師長は早速先に立って階段へと向かった。上司が見ていない時は一夏はエレベーターをすぐ使ってしまうのだが、師長からはいつも職員は極力エレベーターを使わないよう指導されている。
西棟二階の院長室の前に来ると師長はドアをノックした。
「失礼します」
「どうぞ」
中に入ると院長室は意外にも手狭で殺風景な部屋だった。応接用のテーブルの左側の椅子に鈴木院長が、右奥に加藤看護部長が座っている。院長は小柄で、銀縁眼鏡を掛けて神経質な猿のような顔をしていた。看護部長は丸顔で眉が太く、いつも微笑みを絶やさない人物だが、こちらも目は笑っていないと専らの評判だ。
「どうぞ、こちらへ」
看護部長に促されるまま、その左隣に師長が、さらにその左隣に一夏が腰を下ろした。全員が席に着くとすぐに院長が切り出した。
「お時間を取らせて申し訳ありません。今日集まって頂いたのは、七月十九日未明に亡くなった中村大聖さんのことについてです」
分かっていたことではあるが、一夏は気が重くなりうつむいた。それを横目でちらりと見ながら院長は続けた。
「事故の概要は昨日提出して頂いたインシデントレポートである程度は把握しているんですが、不明な点が多いようですね。人工呼吸器がいつの間にか外れて、人工呼吸器自体も電源がオフになっていたとのことですが、こういうことがあり得るんでしょうか?」
「どうなの?」
師長が一夏の顔を覗き込むようにして訊いた。
「私にも分かりません。でも本当にそうなっていたんです」
今にも泣き出しそうな声で一夏が答えた。