電話の向こうの父は叔父と同じで、ますます面倒くさそうに言う。
「それで俺にどうしろと? もう十年以上前に他人なんだぞ」
「わかっているけど父さん、母さんが死んじゃう」
自分でも意外なほど、俺は臆面もなく泣いていた。
「父さん、なんとか頼みます」
あとは言葉にならなかった。なんとか、なんとかお願いしますと、くり返した。
「病院の名前と場所と、最寄り駅を」父は渋々だった。
知る限りの情報を伝えた。電話は向こうから切れた。
来るとも来ないとも言わなかった。
一秒でも早く、母さんの側に行きたかった。
救命救急に引き返すと、母さんは処置室に運ばれたと言われた。場所を聞いて急いだ。朝からなにも食べていなかったので、思考が停止していた。
処置室と書かれた個室のベッドに横たわる母さん、さっきと違うのは、動かなくなっていたことだ。
人工呼吸器を装着されて、まだ体は温かかった。
よかった、まだ生きている。
手を握り続けた。
そこに父さんが来て、でも、なにを言えばいいのかわからなかった。父さんは、俺の知っている父さんではなかった。
書類を書いて、押印をして、お金も渋々払ってくれた。消沈している俺にパンをくれたが、半分ぐらいしか食べられなかった。
そしてたった四日で母さんは死んだ。
人ってこんなに呆気ないんだ。
次回更新は3月6日(木)、22時の予定です。
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