指扇の市で見かけた牢人の姿が再び脳裏をよぎる。

つけ狙い、何故命まで奪おうとするか?

思い当たる事といえば、氷川神社での一件ぐらいしか思い浮かばぬ源五郎なのである。

あらぬ嫌疑をかけられたか? ……なれば彼らは何者なのか……。

考えてみても到底答えの出るものではない。

源五郎は諦めて、まいまいず井戸を上って来る熊吉に振り返り言った。

「どうやら逃げたようだ」

「なんで狙われたんでごいすか?」

「分からぬ……なれど河越でも夜中旅籠を窺っていたようであるから、また襲って来るであろう」

「え~っ! 勘弁してくだせぇよ!」

「今さら手ぶらで松山に参る訳にはいかぬ……行くぞ」

源五郎が歩き出すと、つき丸もとことことついて行く。

取り残された熊吉も追いかけた。

「まっ……待ってくだせぇよ」

かなり離れた榧(かや)の大木の樹上で、そんな彼らを見ている者がいる。

樹上に不釣り合いな牢人の塗傘を被った猪狩の姿がそこにあった。

仕留めた……と思いきや、あ奴め、見事に躱(かわ)しおったわ。なかなかの手練れとみゆる……夜は旅籠に入ってしまうだろうから、日中に人知れず仕留めなければならぬ。なかなかに厄介だわぃ……。

二丈はあろうかという樹上から飛び降り、何食わぬ顔で歩き出しつかず離れず源五郎達を追跡していった。

 

本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

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