関東ローム層のこの地の地下水脈は深く、崩れやすい砂礫層が覆っている為、かなりの深さまで井戸を掘り下げる必要があった。

当時の技術では垂直な井戸を深く掘る事が難しく、地面をすり鉢状に大きく掘り進め、螺旋状に通路を作り、その底で短く垂直に掘った井戸で水を汲んでいた。

その形状が、まいまい(かたつむり)の渦巻きに似ていた事から「まいまいず井戸」と呼ばれるようになったと言う。

旅人がそこで水を汲み、喉を潤している。

源五郎達もその、まいまいず井戸に回り下りて行くと、すれ違いに旅人が会釈し井戸から出て行った。

「ここから甲斐路に入って、今宵の宿は滝山城という事になるでごいすかね~」

蟬が鳴きしだく雲一つない真夏の青空を見上げながら熊吉が言った。

「そうだな、昨日は早々に休んだからな……今日はもうひと踏ん張りとしよう」

まいまいず井戸の底まで来た二人は撥釣瓶(はねつるべ)を使い、水を竹の水筒に汲み入れ、つき丸にも水を与えた。

喉が渇いていたものか、つき丸はいつまでも水を飲んでいる。

「すまぬ、お前に水をやり忘れていた……」

源五郎は後悔しつつ、つき丸の頭を撫でてやろうと屈みこんだその時!

何かが夏草を滑るように飛来し、源五郎の面上を襲った!

生得備わった俊敏な性(さが)が咄嗟に反らせると、源五郎の顔面をかすめたその物体が撥釣瓶の桶に、

「トンッ」と突き刺さる!

熊吉は驚きひっくり返り、つき丸は跳ねるように飛びよけた。

矢が桶横で振れている。

源五郎は抜刀し飛来した方向を瞬時に確認したが、そこには誰もいない。

まいまいず井戸の螺旋を駆け上がり、矢が飛来した方向を注意深く見たが、すれ違いに出て行った旅人の、遠く街道をのんびりと歩く後ろ姿が見えるだけだった。

奴ではない……。