序章 新たな預言

英良の章(一)  振出し

「幼子は闇の手に落ち、一度黄泉の国へ渡ったので御座います。人界でいう今際(いまわ)の際(きわ)で御座います。閻魔が支配する異界でも御座います。一度、黄泉の国へ渡った魂を人界へ戻すことは禁忌に御座いましたが結論から申し上げます英良様。

幼子は英良様もご存じのとあるご老人の力により人界へと救い出されたので御座います。この闇の力は今まで見たことがない新手の者で御座いました。幼子を自分達の闇の王と称しており執拗かつ用意周到、幼子にとり憑いておりました。

貴族の世、平安京の街中のことで御座いました。当時の都で人心が荒廃し懐疑的な感情に覆われた人の心は、自らの思念や想念から在りえないものを作り出したので御座います英良様。それが鵺(ぬえ)に御座います。不思議なことに人の心は恐れや疑心から現世に心の闇を投影するので御座います。それを具現化したものが六の敵意!  封印を解かれた最悪なる敵意! 

大天狗の袈堕(かだ)、鬼頭領(おにとうりょう)の朱隗(しゅかい)、九尾(きゅうび)の妖狐、修羅の土蜘蛛、最凶の鵺それに伝説の大蛇。ここ地獄の下層にそれらがいるということは、いずれ歪(ひずみ)から人界へ這い出てくる悪しき状態は必至かと思われます。地獄は謂わば、人間の思念、想念の世界。人心が作り出した敵意や悪意が蠢いていることも事実。

平安京の街には人間が自ら作り出した人界には存在しないもの、鵺は人間が想念の力が結集し人界へ這い出た在りえないものに御座います。全てが人の負の感情の連鎖から繋がり大きな災いを引き起こすので御座います。元々、そこに存在しなかったものを人の心は自ら作り出しているので御座います英良様。

それは人間が自ら持ちえる因果律といえます。善と悪という容易(たやす)い様相ではありませぬ英良様。悪循環の中で流れに翻弄されている一枚の葉にすぎませぬ。英良様の身の回りにも不穏な空気が漂っておりますが、心の隙を見せないよう用心してくだされ。我も岩場に身を隠しておりますが、必要とあればご助力をお願いいたす」毘沙門天はそう言うと姿を消した。

次の日、英良は仕事中に二度交通規制にあった。一度目は、街中の電気工事で片側交互通行のために通過した時は既に二十分を要していた。二度目は、踏切の白線を引く作業にぶつかり通過するのに十五分かかった。同じような出来事が偶然重なることは度々あったが、この日は気持ちに何か重い払拭できないものを感じ早退して帰宅した。