その夜のことだった。骸骨は厨房の掃除を終えると小屋へ引き上げていった。居間では女たち三人が何となく気不味い思いでそれを見送った。そこへ早めに仕事を終えた源造が入ってきた。早いといっても時計は十一時を回っていた。

「今日も割りと暇だったなあ」

源造はそう言いながら、空いているところへドカリと腰を降ろした。そして煙草に火を点けると美味そうに烟を吸いこんだ。音量を絞ったテレビではニュースが流れていて、アナウンサーが口をパクパクと動かしていた。何となく空気が白々としている。

「ねえお父さん、どうして家へ入れて上げなかったの? 部屋だって空いてるでしょ」

和美は口をへの字に曲げて切り出した。皆の視線が源造の顔に集中した。源造はゆったりと烟を吐き出すと、おもむろに口を開いた。

「そのことは昼間言ったはずだ、あの小屋のことは町内会に頼んでおく。だがどこの馬の骨とも判らん奴を家に上げることは出来ん」

「失礼ね、ガイ骨さんは馬の骨じゃないわよ」

和美は口を尖らせた。源造は娘に一瞥を投げかけると煙草の火を揉み消した。

「じゃあ、何の骨だというんだ?」

「に、人間のホネよ」

うっかり洋子が口を滑らせた。源造はちらと洋子の顔を見た。彼女は周章てて口を塞いだが、誰もそれには気づかなかった。

「じゃあ、お客さんはどうなの? お客さんだってどこの誰だか知れたもんじゃないわ」

和美はそう言うと父親の方へ向き、母親の京子はおろおろし始めた。

「お客さんはお客さんだ、馬の骨じゃねえ」

源造はその馬の骨というところに力を入れて、そろそろ癇癪を起こしてきたらしい。  

「じゃあ、ガイ骨さんだって同じよ」

彼女はなおも喰ってかかった。洋子も二人のやり取りが心配になってきた。

「おい、そのガイ骨ってぇのは何のことだ、あいつのことか?」

洋子はギクリとした。そしてこっそりと父親の様子を窺った。

「何だ、痩せっぽっちだからか? 下らねえ綽名をつけやがって、全くしょうもない」

源造は娘たちが突然現われたあの男の肩ばかり持つので、ヤキモチを焼いたらしい。本当はあの妙に生々しいマスクと手袋も気になっていたのだが、本人も娘たちもその理由を口にしないので、つい訊きそびれてしまったのだ。だが今更訊くのも癪だった。

「とにかく一月だけだぞ、あとは要らないからな」

そう言うと源造は立ち上がった。もう休むつもりらしかった。あるいは形勢不利と見て退散するつもりだったのかも知れない。

「まずはよかったわね、和美」

母親と姉は同時にそう言った。そしてくすくす笑いながら、源造の背を見送った。テレビは相変わらず無意味に点いていた。画面では外国の自転車レースの模様が流れていて、アナウンサーの興奮した声を背景に血眼の選手達が岩山の道を攀じ登っていた。

  

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次回更新は2月21日(金)、11時の予定です。

 

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