第一話 外科医は「医師」ではなかった

―血や膿に触れるのは卑しい仕事?―

病気は神々や悪霊の仕業?

まずは、先史時代から文明が発祥する時代の医療についてお話しします。

太古から人類はさまざまな病気や怪我に悩まされていました。当時の人びとは、病気になるのは神や仏、あるいは悪魔や悪霊といった超自然的存在の怒りや祟りによるものだと考えていたのです。

そこで神の許しを乞い、聖人たちによる「とりなし」を祈願する神官や僧侶、あるいは悪魔や悪霊を払い除ける能力を持っていると考えられた呪術師や魔術師が、最初の医療者として病人たちから頼られることとなります。

神や仏の力を借りることができると自称した、あるいは周囲の人たちから特異な能力があると信じられた「偉い人」たちが、おそらくは暗示的な力を発揮していたのでしょう。彼らが後代の医師(内科医)の原型でした。

怪我の手当は職人の手仕事

身体内部の病気ばかりでなく、怪我=外傷も大問題でした。狩猟生活では野生動物からの被害は現代よりもはるかに多かったことでしょう。

部族間の抗争などでヒトとヒトとが闘うようになると、矢傷や刀傷への対応も必要になります。まず止血をし、大きな裂傷は縫合しなければなりません。当時の外傷はほぼ100%化膿しましたから、赤く腫れあがった膿瘍は切開排膿が必要になります。外科的治療は当時でもとても大切でした。

しかし、内科的な疾患とは違って、外傷の原因ははっきりしていることが多いはずです。ただちに処置するために、そうした手当の経験がある人、できれば細かい手作業に習熟し、血や膿に触れることも嫌がらない「職人」に頼るのがなによりです。

こうした「職人(curer=治療士と呼ばれることもあった)」は「そんなに偉くはない人」ですね。彼らが後代の外科医の原型でした。

 

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