世理は粛々とゲームの準備をしながら、手元から目を離さずにぼそぼそと答えた。

「リスクはある。だけど、ほら、私、こんなだから。面接しても、ここしか……」彼女の第一印象を思い返すと、納得せざるを得なかった。

だが、童話のあらすじを語る嬉しそうな顔、てきぱきとした仕事ぶり、接客時の流暢な言葉遣い、そして暴漢に立ち向かうほどの勇気。そういった姿を素直に出せれば問題ないはずだが、なぜ普段の彼女はあれほどまでに近寄り難い雰囲気なのだろう。

「三年も雇ってもらってるし、みんないい人。仕事も合ってる。それに、さっきみたいなことが起きても……」

彼女は猿田のほうをちらと見遣った。確かにその点は心配なさそうだ。猿田に勝てる相手など、そうそういないだろう。

「その上、時給も破格。辞める理由なんてない」

そのきっぱりとした口振りが、納得しかけていた国生の大道に火をつけた。様々な思いが胸中でぶつかり合い、たちまち頭に血が上っていく。

「でも賭博は犯罪だし、学校にバレたら退学かもしれない」

新品のカードを準備していた世理の手が、ぴたりと止まった。

「ちょっと、鬱陶しい。辞めさせたいの?」

またしても、実家の母の暑苦しい姿がちらついた。そういえば母もよく、こんな調子で国生の素行に難癖をつけていた。世理は眉根を寄せながらも、準備を中断して国生と向き合った。

「じゃあ聞くけど、駅前や国道沿いに、カジノがあったら困る?」

「困るに決まってる。ギャンブルにのめり込む人が増えるし、巻き添えになる家族もたくさん出るだろ」

「ふうん、それなら、パチンコ店は?」

「パチンコは賭博じゃないだろう」

「ううん、パチンコは賭博。裏で景品を現金に交換してること、みんな知ってる。しかも、釘と機械で完璧に制御された、偶然のない賭博。明るくて、きらびやかで、グロテスクな、羊の皮を被った残酷な遊び。しかも依存者を山ほど作っても、一切お咎めなし。なのに、ひっそりとやってるカジノは、だめ?」

彼女の言い分も一理あるが、だからといって違法カジノを認めるというのもおかしな話だ。ただその一方で、筋の通った反論が思いつかないのも事実だった。

重苦しい沈黙を破ったのは、横で煙草を吹かしていた猿田だった。

「納得いかねえルールでも、大勢が必要と思って決めたことだ。いくら理不尽でも、守らねえと社会が成り立たない。カジノが違法なうちは、俺たちみたいな溢れ者がひっそりとやってりゃいいんだよ。それが嫌なら、法を無視するんじゃなく、変える努力をすることだ。それにしても……」

【前回の記事を読む】違法カジノが警察に相談? 「どうせなら、もっとましな嘘をついたらどうだ」 店で暴れる男の最後は......

 次回更新は2月20日(木)、20時の予定です。

 

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