次の瞬間、男は派手に倒れ込んだ。逃げ出そうとした彼の片足に、鼻血だらけの純也がしがみついている。
「モンローちゃんが、お前のためにお迎えを呼んでくれたらしいな。もう少し遊んでいけよ」
不敵ににやつく純也の一言は、すでに戦意を喪失している男を震え上がらせた。慌てて起き上がって、純也の腕を必死に振りほどく。だがすでに、野次馬たちの興味はそこにはなかった。店の出入り口に壁のような大男が現れたからだ。
「猿田さん、接待、お願い」
世理がネクタイ男を指差すと、猿田と呼ばれた大男は小さく頷いて店内に踏み込んだ。徐々に照明が当たって姿形が明らかになってくると、思わずあっと声が出た。ここに来る途中、金髪の優男を追い払った高級スーツの男だ。
「お客さん、暴力はまずいですよ。痛いのは誰だって嫌でしょう?」
気安い調子の猿田は、いかにも面倒臭そうにネクタイ男を見下ろした。男は強行突破を諦めたらしい。身軽なステップで左右へ行き来しながら、相手の出方を血眼で探っている。
一方、猿田はといえば、身構えるどころか男の陽動をまったく相手にしていない。そのうち男は、猿田の鼻先へ牽制の拳を突き出した。それでも猿田はぴくりともせず、半ば退屈そうに男を睨みつけている。
拳のスピードに反応できなかった。ネクタイ男はそう踏んだらしい。次の展開は一瞬だった。男が再びジャブを放ったかと思うと、それを追いかけるように、捻(ひね)りを利かせたもう片方の拳が放たれた。
真横の死角から猿田の顎へ、猛烈なフックが襲い掛かる。誰もが目を覆いそうになったそのとき、店内に短い呻き声が上がった。
声の出所はすぐにわかった。ネクタイ男の拳は空を切り、代わりに猿田の膝蹴りが男の脇腹に刺さっている。男は腹を押さえて必死に耐えていたが、そのうち背中を丸めてがくりと膝を折った。
「あんた、普段は真面目な会社員だろう? 開放的になるのもほどほどにな」
後から入って来た猿田の部下が、うずくまるネクタイ男を二人掛かりで引き摺って行った。一時間ほど前に見た金髪男のように、道ばたへ放り出される姿が目に浮かぶ。
ひと仕事終えた猿田は、ゆったりとした足取りでバカラの台までやって来ると、その場に立ち尽くしている国生と純也に目を向けた。表情は相変わらず険しいが、よく見ると微かに肩を震わせている。
【前回の記事を読む】ゲームが進みチップが積み上がる頃、違和感を感じた。ふとあたりを見回すとその正体はすぐに分かった。「お前、何かやってるだろう」と男は言いだし―。
次回更新は2月19日(水)、20時の予定です。
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