粒子線治療を選ぶか、抗がん剤治療を選ぶか
心に留めておいてほしいのは、粒子線治療でがんが夢のように治るという訳ではないことです。粒子線治療はあくまでも局所的な治療です。がん細胞が血管やリンパ管を通って遠くまで運ばれていれば、元のがんをやっつけても治癒には繋がりません。
陽子線治療の効果があった膵臓がんの患者さんを思い出します。陽子線治療で膵腫瘤が縮小したため、その後は副作用の少ない抗がん剤治療を受けながら仕事を続けていました。膵腫瘤は最期まで縮小したままでしたが、肝転移とがん性胸腹膜炎(がん細胞が腹膜と胸膜に転移して、腹水・胸水がたまる状態)で、陽子線治療を開始から16カ月目に永眠されました。
患者さんとご家族が粒子線治療を希望され、放射線治療医が可能と判断するのであれば、粒子線治療も一つの治療選択肢ではないでしょうか。どのような結果であっても患者さんとご家族が粒子線治療を受けてよかったと思われたなら、それでよいと私は思っています。
【腫瘍内科医のつぶやき】――キュリー夫人と蚕――
マリー・キュリーは、ノーベル物理学賞とノーベル化学賞を受賞した文字通り放射線治療のパイオニアで大天才。夫のピエールと一緒にポロニウム、ラジウムを発見したのは1898年。キュリー夫人は放射線障害で命を落としたと言われています。この天才科学者が自分を重ね合わせたのは歴史上のヒロインや偉人などではなく、娘イレーヌの飼っていた小さな蚕たちでした。
せっせと繭を作る蚕を眺めて、キュリー夫人はこう語ったと、イレーヌは書いています。「わたしも同じ仲間だわ」1どんな天才でも大いなる発見や発明のためにはたゆまぬ努力が必要なのです。私には及びもつかぬことです。でも、たとえちっぽけでも、自分にしかできない繭を一生かけて作ることはできると信じています。
1) エーヴ・キュリー著『キュリー夫人伝』河野万里子訳 白水社 2014年
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