自由度高く曲げることのできる脊柱の頂上に乗っかっている頭部の重心がずれると、体が倒れないように脊柱を歪めて曲げ、重心調節をすることがわかったのだ。
これが脊柱側弯症の本態で、身心の全体に不調が生じる。だから咬み合わせを定期的に正しく調整し、頭部の重心が脊柱の真ん中にあるように保つことが極めて重要なのだ。姿勢の歪みが正されると、体調は見違えるほど良くなる。
単に頭や首、肩、腰、脚の痺れやコリ、痛みが解消されるだけではない。神経系、つまり頭や目、心の働きまでがまるで変わり、絶好調になるのだ。
この二つの点を常に注意して正しく保つようになって以来、草介はいつも絶好調になった。体は軽快に動いて、夕方になっても疲れが出ない。読書や執筆を続けても、頭が疲れることもなくなった。
病気はしないし、昔から胃が弱くて、漢方胃腸薬を毎日飲んでいたが、全く縁がなくなった。胃が重くなることもなくなったのだ。
お陰で五十代も後半の最近の方が二十代、三十代の頃よりずっと元気で働けるし、頭も冴えてよく動く。新しいアイディアもどんどん湧いてくるようになった。
今日の午後、川瀬知数が来院の予定になっている。技工室で出来上がったスプリントを装着する日だ。草介は今日の結果を楽しみにしている。今までの経験を総括的に見る中で、川瀬知数の例を考えると、かなり期待が大きく持てると考えているのだ。
まだ咬合治療そのものが新しい分野の上、日本で最近急増している不登校やひきこもり、無気力などの異様な現象に対する、咬合学的研究と適用はまだほとんど着手されていない。
草介がパイオニアとして切り拓いている新しい分野なのだ。従って知見もまだ少なく、症例を一つずつ重ねている段階で、一例ずつが貴重な経験となっている。
しかし草介は強い手応えと自信を持って症例を観察し、治療に当たることができている。年令のせいか、或いは臨床経験を重ねたせいか、症例がよく見えるようになっているのだ。
いや、年のせいではないだろう。物の本質を見抜く力が、不思議と冴えてきているのを感じているのだ。草介はもともと文学書を愛読してきたし、詩や小説も書く。
小説ではかなり有力な新人賞の候補に入ったこともある。文学の本質には観察と思索があって、それが患者を見る目の基本にも重なる。それによって培われたものを見抜く力が役に立っているのだと感じている。
【前回の記事を読む】旧態依然とした医療業界、ひいては日本社会に、歯科医である草介は愛想をつかしていた。思い起こされる、かつて業界から袋叩きにあった記憶―。
次回更新は2月11日(火)、21時の予定です。
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