なぜ生きる力が失われたのか、その原因を二つ思い浮かべている。

一つは日本的な甘やかしだ。論文に草介は書いた。

「団塊の世代を中心にした奮闘により、日本は繁栄したが、若い人が努力なしでも新車に乗れる時代になり、競争や残業が過度に否定され、政府が時短賃上げを主導するようになり、甘やかされた日本人が大勢となって意欲が低下し、日本は凋落への道を進むことになった」

そして二つ目は、日本人が生きる環境という基本に、より憂慮すべき元凶が潜んでいるということだ。環境化学物質汚染だ。

草介は長年臨床現場で日本人を観察してきたが、「無気力者、ニート(若年無就労者)、不登校、少子化、生涯非婚者の増加など、いずれも顕著な活力の低下が基本にあると見られるが、外見的にも多くの共通性が見られる。顔が面長で艶がなく、表情に生気がない。

長身、猫背で、姿勢の左右的側弯が強い。なよなよして、体毛が薄く、中性的印象の男子が目立つ。凋落した日本の根本再建を考える場合、この生物学的退行の異変に対応しない対策では無力だというのが私の考えである」

そしてこの生物学的退行を引き起こす主要な原因物質として疑われるのは、次の三つだと記した。

「・環境ホルモンによる男性のメス化。

農薬、食品添加物の多くは、オスをメス化させる女性ホルモン・エストロゲン様の働きをする。人間では性欲低下、精子数減少などの他、男性ホルモンのテストステロン減少による闘争心の減退などが起きる。

・生活圏のほぼ全てに使用されているプラスチック製品の可塑剤、ビスフェノールA、フタル酸エステルも強力に同様な働きを持つ。

・食肉に含まれる女性ホルモンのエストラジオールが食べた人の体内で女性ホルモンとして働き女性的身心を作る」

これらの欧米並みの規制強化が必要だと、草介は説いている。これらを実現するためには環境化学物質の規制と、食育を始めとする教育の見直しなどの政策が不可欠で、この現状を放置したままでの経済政策などは上滑りするだけで、効果が上がるはずがないというのが草介の見方なのだ。

草介のこのような主張が懸賞論文で取り上げられるはずがないことは承知している。経済の専門家に、このような問題に対する理解があるとは思えないし、第一、こんな主張を取り上げれば関係業界から強い圧力に遭うのは目に見えている。

そのような了解と力関係で成り立っているのが日本という国だ。アメリカなどの方がずっと合理的で、有害だとわかったものは規制されることが多い。

アメリカでは最近、シャナ・H・スワン教授の『生殖危機』(原書房、二〇二二年)という本が注目され、読まれている。環境化学物質汚染によって、人間だけでなく、魚や鳥、動物などにも生殖危機が起きていて、生物が絶滅に向かう危険をはらんでいる、と説いている。