日本でこのような発言をすれば強い圧力が加えられ、潰されてしまうが、アメリカでは注目を集めている。

草介は思い起こす。三十年位前に、歯科用のプラスチック充填物から、ビスフェノールAが唾液中に溶出しているという研究データを学会で発表し、歯科界から袋叩きに遭ったことを。

それが日本の体質であり、感覚なのだ。何が真実なのか、その材料を医療に使って良いものか否かなどに関心がないのだ。だから中井が電話で依頼してきたことにも関わりたくないのだ。行政を始め、各分野の人が集まって協議することの行く先は見えている。

翌日、手回しよく、教育委員会から電話があって、今日か明日、少々時間を作って会っていただけないか、と申し込んできた。

「森山未知夫君の痛ましい事件を、もう繰り返してはならないという提言がありまして、再発防止を目的とした協議会を設置することになりました。不登校の生徒さんの治療に詳しい先生のお力も是非お借りしたいというお願いでございます」

「それは結構なことですが……」と、草介は一歩引いた。

「私は適任とは思えません。学校歯科医もおられるし、私に確かな知見があるわけではありません」

とにかくご説明のお時間をいただきたいと担当者は引き下がらない。

もともと必要なことだけをはっきり言う性格の草介は取っつきにくいと言われるようで、中には尊大だと悪く言う人もいる。特に歯科界では批判が多いことも知っているのでここは角を立てずに穏やかに済ませたい。

そこに、ご相談だけでも、と食い下がられ、「では明日の十三時半から三十分くらいなら何とか……」と押し切られるのは、外見とは違う草介の人の良さなのだ。相手の強引さに押されて、面会の約束をすると、後味の悪い、後悔のようなものが胸に広がってくる。

不本意な依頼を受け入れて、いつだって嫌な思いをしてきたではないか。それを知っていて直すことのできない自分の性格には愛想も尽きている。どうしようもない弱さがあることも知っている。

午後の診療が始まる時間だ。治療に臨もうとする体と神経の緊張がピンと張る。仕事に臨むと雑念も疲れも消えてしまう。

【前回の記事を読む】日本人の生物学的活力の低下が来す、国としての衰勢。日本のGDP低下を食い止めるヒントは、日々行う歯の診療にある!? 

次回更新は2月10日(月)、21時の予定です。

 

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