「やはり必死で努力すれば道は拓けるのだ。努力せずに新しい道を見つけるなんて、できるはずがない」

努力することの大切さや素晴らしさを、実知は味わった。

食べ終わると知数はすぐに眠くなった。眠って間もない朝に叩き起こされ、一日中引き回されたのだ。限界にならないはずはない。

「昼夜逆転から、また大逆転か、ハッハッハッ」

和徳にからかわれながら、眠そうな笑顔で知数は二階に上がっていった。

「歯を磨いて、マウスピースも磨くのよ」実知も背中から声をかけた。

テーブルに両肘をつき、挟むように実知は和徳の両手を握った。小さな呟きが漏れる。

「良かった。……私たちも死ぬところだった」 

森山未知夫の自殺のあと、草介の所にも地元新聞の記者が話を聞きたいと言ってやってきた。草介はできるだけ関わり合いにならないよう淡々と対応した。

「いじめがあったという話も聞きますが、どうだったんでしょうか。ご存知なら……」

「私は全く知りません。学校にも関係がありませんし」

「森山未知夫君が先生の所にも相談だか、治療に来たという話ですが、どんな内容だったんでしょうか」

「一度お母さんが相談に見えて簡単に話は聞きましたが、一般的なご相談を受けただけです。それだけで治療に来院したことはありませんし、息子さんには会っていません」

「相談の内容はどんな」

「君ねえ、患者さんの話の内容を漏らす医者がいますか。お話しすることは何もありません」

ピシャリとシャットアウトされて記者は帰っていったが、「不登校男子中学生自殺、いじめか」の記事を書いたのがこの記者だった。

いじめがあったらしいと話したのはあすなろの中井会長だったという。中井が熱心に働きかけて学校、市の教育委員会、校医、あすなろを中心とした不登校児童の支援者、父兄などが、このような不幸な出来事を二度と起こさないため、検討会を設置する方向で動いている、という。

不登校やいじめによる子供の不幸な出来事を防ぐためと言われればお役所も断われないだろう。無難な道は消極的に動くことだ。それが鉄則で通例で、だから実のある結果が得られることがないのも通例だ。