本気で真実を探り、それを解消しようとするならば草介もその気になって参加できると思う。だが、表面的な協力姿勢を示すだけでお茶を濁して終わるのが人の社会というものだ、というのが草介の認識だ。
今、草介は小さな論文に取り組んでいるが、これには真剣に挑むつもりでいる。しかし本質を語ろうとする議論が現実の社会で取り上げられる可能性がないことは承知している。
特に今まとめつつある論文は、著名な経済、政治の評論家や研究者が属する財団が募集している懸賞論文で、三十年間も低迷し、ここに来て明らかに下降している日本のGDPに代表される国力の凋落をどう復活させるかを問うテーマになっている。
草介がこの懸賞論文に応募しようと思ったのは、この募集の主催者や応募者が考えている内容は明らかに想定でき、その全ては金融政策や財政、投融資、或いは規制緩和策など、政治、経済の政策的提言であるはずで、それらが大きな力を発揮することはできないだろうと感じてきたところにある。
草介が毎日診療現場で見ている最近の日本人は、少し前の日本人とは明らかに違う。異人種になったと思えるほど違っている。体力も気力も乏しく、意欲のない若者ばかりが目につく。
学校や職場に行けない人の数もどんどん増え、登校や出勤ができても授業や仕事に満足に参加できない若者があまりにも多くなっている。どの職場でも体調不良で休んでいる人が常に何人もいるという。しかも心を病んでいる人が多いというのだ。
昔は登校できない子供なんて見たこともなかった。明らかに生物学的活力の退行が日本人に大規模に起きていると草介は見ている。しかも生きるのもやっとという日本人の数は多く、それに近い境界にいる人の数は数え切れないほどだと見ている。
草介が提言したい論旨は、広く活力の低下が見られる日本人に、いかなる経済政策を施しても効果はない、政策に反応するエネルギーがないからだ。日本人の活力の退行の原因を究明し、それを解消し、活力を漲らせる方策を実施すれば、国力は無理なく隆盛する。
そのためには食と農業の化学物質汚染の欧米並み規制、食についての教育が基本になる、という点にある。環境の化学物質汚染に対する対策も必要だ。むろん草介のこの論は異端視され、評価されることはないだろう。しかしこれが本質だと確信を持って見ていることを、提言しておくことが必要だ。
あの時に、こういうことを考え、主張していた人間もいたのだということを、行いとして残しておくことに、何か意味があるかも知れない。おそらくないだろう。
他の主要国のGDPは上昇し続け、それに反して日本は下がり、国の負債は増え続け、破綻も視野に入っている。ここに至ってもいつも通り、表層しか見ずに、根本的対策としては無意味な政策論を真面目な顔をして戦わせ続ける。
それが日本人の本性なのだろう。日本人に顕著なそのような通俗性が必ず墓穴を掘るだろう、草介はそう考えている。
【前回の記事を読む】ひきこもり治療の新たなステージ 母が見出した「歯科医へ行く」という決断。ひきこもりの息子を変えたのは理論のない治療だった。
次回更新は2月9日(日)、21時の予定です。
【イチオシ記事】喧嘩を売った相手は、本物のヤンキーだった。それでも、メンツを保つために逃げ出すことなんてできない。そう思い前を見た瞬間...