私達は宿に戻ると、殿も一緒に少し遅い夕食を取る事に。食事の間も殿の武勇伝で盛り上がるも殿は黙って淡々と食べるのみで話に加わってこない、ただ、はぁ~とかああ~とか言うだけ。
食事が終わると殿はタマが待っている部屋に戻っていきました。
私達は尽きることのない今日のスリリングな出来事を話しながら夜は更けてゆくのです。
話は前に戻り、あの剣道部の部長達は――
剣道部部長の山崎重(しげる)は家に帰ると興奮した様子で、部の顧問兼指導をしている父親に話し掛ける。
「父さん、さっきの部員達と観光客の中学生の小競り合い、どう思った……俺は正直何だか怖かった。先を行っていた下級生が何か口論になり、竹刀を構えたと言う感じだったけど、その時の相手が近くにあった短い枝を拾い、すぐに低く構えるが速いか突いてきた。
一瞬のことで何だったんだと思っていると、その彼が新たに持ったポールで薙ぎ払いながら走るので部員達は追いかけ挑み掛かるみたいに、我を忘れて殺気立ってまるで誘われているようだった……離れてはいたけど父さんも見たでしょう。あれは何か、ただ振り回しているだけではない、それなりの剣法だったんでしょうか」
山崎重は思い出しながら考え、夕方に起こった出来事について父に意見を求めている。
「重、我が家は剣道道場を営みつつ接骨院を生業としている。近隣の皆様と町清掃から祭りの振興まで地域貢献を常とし、お前の高校の剣道部の指導もしている……その教え方はごく一般的な、最初に対峙して構えた後に対戦していくものだ。
しかし、元々山崎家の剣法は中条(ちゅうじょう)流と言う室町時代の古武術の流れを汲んだものである。でも、それは今は使われる事が無くなった実戦向けの戦い方で、短い刀剣を低い位置から繰り出していくとか槍を使っての剣術であるのだが……
似ている、伝え聞いていたものと……だが相手は中学生だ、剣道の経験も無いと言うし、思い違いだと言うしかない。……しかし強かった!」
父親も納得しかねるが、たまたま偶然なんだと思うしかないのでした。
しかし息子の重は、
「そうなんです。一年生とはいえ大会にも出ようかという部員達もいました。素人にやられるような柔な者達ではないのです。だから剣道経験が無い者に負けるのが納得いかないんだ!」
「まあそうだろうが、一応素性は聞いておいた。……もう一度近くで伝え聞く剣法と似ている技を見てみたいが、手合わせ出来る訳でもないし、わざわざ愛知まで行ってもあの技が絶対見られるとは限らない、むしろ見られないと思う。だからもう忘れよう。まあ世の中には色々と強い者がいるという事だ」
息子を諭しながらも、自分に言い聞かせるように言う父親。
彼等が話をしていた道場には、いつの間にか夏の香りを含んだ宵闇が、開け放された戸口から流れ込んでいた。
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