「軽く体操をして、姿勢のクセを取りましょう。ストレッチ気味に体を曲げて」

「すごい、いい感じ。これ何か不思議」

シリコンを咬んだまま、しゃべりにくそうに、しかも何かを言いたがっている。

「しゃべって大丈夫ですよ」

明らかに姿勢が正されている。左右の肩が水平になり、倒れていた首が立ち、大きく側弯していた脊柱がまっすぐになり、猫背が直り、巻き込んでいた両肩も開いている。口唇も目も水平になっている。

「あ、知数が笑っている。お父さん、知数が笑っているよー」実知が大きな声を上げ、和徳の手を握った。

和徳もうん、うんと頷いて、その顔に笑みが溢れている。

「気分がすごくいい。頭がすっきりして、目もはっきりよく見える。体が熱いほど温かくなった。不思議だけど、変わった」知数の声も大きくなった。

「すみません。次の患者さんが待っているので、この説明書を読んでおいていただけますか。咬合(こうごう)治療はまだ試行錯誤の最中で、全てがよくわかっているわけではありません。そのことを初めに理解していただかないと」

待っている間に、シリコンを咬んだあとの自律神経の測定も行うことになった。咬合治療の説明書は、薄いブルーのA4用紙に五頁もあって、内容も難しく、読むのに時間がかかった。二人でそれを読み、知数の顔と姿勢をスマホで撮影した。

シリコンを咬むバイト・トライという試験をする前後で、顔も姿勢も明らかに違っている。歪んでいた顔も姿勢も均整が取れてすっきりと美しくなっている。画面を覗き込む三人とも自然に笑顔になっている。それに気付いた和徳の「知数が自分でスマホを覗いているよ」という声が嬉しそうだ。

「頭痛も、首と肩のコリも、腰の痛みも消えたんだよ。疲れがスッと消えてしまったのが不思議だよ。これ、魔法にかけられているんかなあ」

もう十二時を過ぎてしまった。ここの診療は午前は十三時までだ。先に明かりが見えてきたのは嬉しいが、時間がなくて今日はもう何かしてもらうことができないのだろうか。応急処置だけでもいい。息子の苦しみを取り除いてあげてほしい。

「あなた、未知夫君の所には私が行ってくるから、ここにいてちょうだい。私は三鶴先生の治療がよくわかったから、あなたがここに残ってできる限り早く治療を進めていただくようにお願いして。よくお願いしてよ。一日も早く治療を進めていただくように、お願いするのよ」