親子三人を前にした草介は渋い表情で問診票に目を通し、それからチラリと患者を見、次に両親に目を移した。観察されていると実知も和徳も感じた。

「この間は大変失礼しました。今日はまた急な我が儘を申し上げて、本当に申し訳ございません……」

「そんなことはいい」と草介は問診票に目を落としたまま、相手の顔も見ずに言った。

「まず診てみましょう。立ち姿勢から見せて下さい。そこに立って」

和徳が支えて立たせた知数は長い前髪を前に簾のように垂らしていて黒いお面を付けたようで顔が全く見えない。不気味だ。

「髪を耳の後ろにかけて、顔を見せて」

艶がなく、青白く、カサついていて湿疹の多い顔が、この世に初めて顔を出したように曝される。ほぼ目を閉じ、右前方に上体を傾けた姿には生気がない。それにしても歯科医師の言葉に素直に従う息子の姿が眩しく、嬉しい。知数も必死で頑張っているのだ。

「よくある例ですね」

草介の言葉は事務的に響く。

「お二人とも患者さんの正面に立って、向き合って観察して下さい」伊波が実知と和徳を知数の正面に立たせる。

「どちらの肩が下がっているか、わかりますね」二人が右と言葉を揃え、右肩を指差す。右肩が大きく下がり、左肩が上がっている。

「口唇も左右の目の高さも、同じような高低があります。鼻筋が左に弯曲し、頬のふくらみも左右差が大きい。右脚がO脚になっているのもわかるでしょう」

草介の指摘は一々その通りだと納得させられる。自分の息子ながらこのように観察したことが一度もなかったのが不思議なほどだ。

「下顎の位置がオトガイが左に、下顎角(かがくかく)、つまりエラが右側に回転した偏位を起こしている例で、これが一番多い例です。左の首と肩、頭が痛くて、右脚も痛くなる。

ふらついて気分が落ち込み、ウツ傾向になります。これから自律神経を測定してみますが、極端なウツ傾向を示すはずです。つまり交感神経の働きが低く、副交感神経の働きが優位になっているはずです」

「あっ」と実知は思った。今まで読んだ本には、「自律神経の働きが悪くて、朝、起きる時、血圧調整ができなくて起きられない」と書いてあった。しかしなぜ自律神経が狂うのかについて記してある本はなかった。

ことによったら、この先生は皆知り尽くしているのかも知れない。「口の中も診てみます。診なくても大体、決まりきったことが起きているんですがね」治療椅子に座らせた知数の口の中を一通り診て、草介は簡単に言った。