雨戸は閉まっていた。外からは見えない、助けも呼べない。入り口にはナイフを持った男。絶対に逃げられない状況だった。

よし、殺そう。正当防衛に見せかければいい。

雪子はそっとランドセルを下ろした。優一郎の黒い目が興味深そうに自分の動きを追うのを意識しつつ、ランドセルの肩紐を左腕に通して盾のように構える。同時に、下校前にポケットに入れかえた万能ナイフをこっそりと握る。

「こっ、こないで」

雪子は怯えた表情で、じりじりと後ずさりした。相手の不意を突くつもりだった。

誤算だったのは優一郎が、相手が子供だからと油断しなかったことだ。

優一郎はじっと雪子を凝視したまま慎重に、だが素早く距離をつめてきた。雪子はとっさにランドセルを優一郎の顔面に投げつけ、同時に万能ナイフを両手で握り、前方に突き出した。

だが刃は優一郎に届かなかった。優一郎はナイフを握った右腕でランドセルを払いのけつつ刃をかわし、雪子の両腕を捩じり上げた。

「ランドセルを投げるまではよかったけど、刃物の使い方を間違えたね」

優一郎は楽しげに言った。さきほどまでとは違う、温度の籠った笑みだった。

              

【前回記事を読む】「それって浮気の始まりだよ。旦那さんが可哀想…もしかして、上手くいってないの?」目が輝いた。私の不幸を期待した?

次回更新は2月11日(火)、22時の予定です。

   

【イチオシ記事】喧嘩を売った相手は、本物のヤンキーだった。それでも、メンツを保つために逃げ出すことなんてできない。そう思い前を見た瞬間...

【注目記事】父は一月のある寒い朝、酒を大量に飲んで漁具の鉛を腹に巻きつけ冷たい海に飛び込み自殺した…