「じゃあ、宿は私が手配するね」
「いいよ。企画してくれたんだもん。宿は私が探す」
なにせ愛弓に任せると、どうしようもなく貧乏くさい宿を選んでくるのだ。前なんか風呂とトイレは共同で大浴場はなく、布団や畳の湿気った、とんでもないボロ宿に泊まる羽目になった。あれなら自分の家で寝ていたほうが数十倍マシだった。できれば料理がおいしくて風呂の広い、でも宿泊者の管理台帳が適当な個人経営の宿、それも監視カメラなどなさそうなところがいい。
「ありがとう。じゃあ、私そろそろ行くね。旦那さんのご飯の準備しないと」
愛弓がいそいそと帰り支度を始める。
視線を窓に向けると、いつの間にか日差しにオレンジ色の光が混ざっていた。そういえば優一郎に出会ったのは、こんな夕暮れ時だったと思い出す。
あの日、雪子は優一郎に暗闇に引っ張り込まれた。
優一郎は近所で起こっていた児童行方不明事件の犯人で、次の犠牲者を探していたのだ。雪子は事件のせいで放課後の外出が禁じられたことに腹を立てていた。だから犯人を殺してやろうと、日頃からランドセルに父の万能ナイフを入れていた。
とはいえ雪子も、自分が犯人に狙われると本気で思っていたわけではない。だから、後ろから口を塞がれ空き家に引っ張り込まれた時には、正直驚いた。
「さて、なにをして遊ぼうか。可愛いお嬢さん」
優一郎は雪子を二階のいちばん奥まった部屋で解放し、ドアを背に、とてもチャーミングに笑った。爽やかで人懐っこくて、でも冷たい仮面のような笑みだった。その手にはナイフが握られていた。