地帯標

十三時十五分、旧陸軍の地帯標に到着です。何回この場所に来たのでしょうか。また、どんな気持ちで当時の兵隊さんたちが、この場所に地帯標を設置して眺めたのでしょうか。

そんな感慨に耽(ふけ)ってしまうのでした。地帯標には「昭和十六年一月十日陸軍省」の刻印が読み取れます。

直下で野山羊がゆっくりと草を食べています。人がここに来ることは稀なのでしょう。警戒もしないで、ポカポカ陽気の中で「何ですか、食事の邪魔をしないで下さいよ!」と言いたげにこちらを振り向きつつ食事を楽しんでいます。

ハートロックから、ここまで三五分で来てしまいました。一時間はかかると思われた行程です。意外に近かったことに驚きです。慣れていることもあって、最短コースで来たのでしょう。直ちに、千尋のいわれの写真が撮れる場所に向かうこととします。

早々に戸田さんから「次は、高山との間に出来た鞍部の踏破をやろう!」と、元気一杯声を投げ掛けてきます。戸田さんは、今回の目的はそのための偵察でもあるというのです。端部の端部まで行って、鞍部下を覗き込むなど、踏破のためのルートファイティングをしています。

聞くと戸田さんは、昔、社会人山岳会に入っていたこともあって、それなりの登山技術を持っているとのこと、さすが、歩くことにも疲れを知らないようです。

スパッーと切れ落ちた絶壁の情景写真の撮れる場所で、一眼レフにより、アングルを最大限考慮して足を踏み出し、恐る恐る写真撮影です。確かに見事なまでの絶景です。過去、岩などの登攀(とうはん)経験はあるとはいえ、違った怖さです。