蓋開
「まったく、どいつもこいつも。役所の気弱そうな男は謝るばっかりで話にならんし、この前の小娘なんて、勝手にコケて人を悪者扱いしやがって。ちょっと当たっただけだろうがっ!」
手酌で安酒を飲みながら、不満が口をつく。税金で安穏と暮らす役所の職員に、無愛想で非常識な近隣住民、同居を嫌がりろくに顔も見せに来ない子供たち――田所にとって世の中は、気に食わない人間ばかりだった。
ついでに朝早くからゴミ出しにきて、安眠を妨げる近所の若い男の「ルールは守ってます」と言った時のしたり顔を思い出して、田所はますます腹が立ってきた。
「家の前にゴミをぶちまけてやって正解だったわ」
呟き、カップに残った日本酒の最後の一滴まで飲み干す。それから、来週はゴミ出しに関して役所に意見しに行ってやろうと思いつき、ようやく溜飲が下がったので、田所はラジオをつけて床に就いた。
いつもどおりFMラジオを聞きながらうたた寝をしていると、不意に「こんばんは」と声をかけられて田所は仰天した。布団を撥(は)ね除けて飛び起きると、仮面で人相を隠した黒ずくめの男が立っていた。
「誰だ、お前」
そう尋ねた田所の顔面を、男はいきなり殴りつけた。
「なんらんだっ! ごっ、強盗かっ」
金なんてない。そう叫んだ田所の腹を、男は続けざまに蹴った。まるでいたぶって楽しんでいるようだった。瞬間、怒りにも似た感情が、田所の頭の中を駆け巡った。金目当てだろうと憂さ晴らしだろうと、貧しくか弱い老人ではなく、政治家のように強くて狡い連中を狙うべきだ。咳き込みながらも、田所は必死で訴えた。