一
直接言われたことはないが、こんな調子だ。
「私は学会で認められたガイドラインに基づいて診断と治療を行っていて、間違ったことはしていない。或る歯科の先生が、学会で認められていない個人的な仮説をもとに、私たちの定説を否定するのはいかがなものか」
それを会合などで、歯科医師会の役員などにも訴えるらしい。その余波が忠告や嫌味となって草介にも伝わってくるがそれは気にしないことにしている。
偏屈者のレッテルを貼られるのも気にしていないが、実害もある。保険診療の治療費の自己負担分は直接患者からもらうが、残りの七割程度は一般的にレセプトと呼ばれる診療報酬明細書に記載されて社会保険や国民健康保険などの保険者に請求される。
そのレセプトを保険審査委員会で一応審査し、通れば翌月に保険者から各医療機関に現金が振り込まれる仕組みになっている。
問題はこの仕組みを牛耳っているのは歯科医師会だ、という点にある。みつる歯科には毎月多くのレセプトが審査委員会から返戻(へんれい)といって突き返されてくる。
言われなきクレームがつけられているのだ。そのような体質によって加えられる圧力に対しては決して文句も言えない強力な壁が作られている。議論も封じられたそのような組織が批判も出ないまま実際に存続し続けていることが草介にとっては信じ難いことだ。
その壁に何を言っても仕方ないので、何を言うつもりもない。嫌気がさし、諦めの気持ちも定着しているが、草介は自分の考える道のみしか行けない性格なので、それで良しと考えている。
やはり実知の息子の知数が通院していたのは佐倉心療内科だった。
「ま、仕方ないか」
困り切って相談に来た人を拒絶することはできない。
しかし覚悟を決めた矢先に気になることを実知は口を滑らせた。咬み合わせの先生にも診てもらいたいと言ったら、「薬を止めない方がいい。私としては学会の方法に従ってやっているので、それなら責任は取れない」と言われ、それを湯本にも伝えて相談したと言う。
湯本は困った顔をしていたが、「知数君のためになると思う道を選ぶしか仕方ないと思う」と答えたそうだ。
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湯本は保健室で体調不良の子供を毎日、長年見てきて、最近の異変は不思議な現象だと感じている。昔は保健室に来る子供は、発熱とかお腹が痛い、頭が痛い、風邪を引いたなどと訴えるものがほとんどだった。
一番多いのは体育や遊びの中での外傷で、原因がわかりやすかった。今は違う。気分が悪い、ふらつく、怠(だる)い、寝ていたいなどの訴えが大半になった。しかも毎日常連の子供がほとんどで、総数も激増している。