五年前まで暮らしていた樺太はここからは見えない。フキ子さん一家は樺太からの引揚者だった。そして、本来なら今日、一緒にいるべきはココではなく夫のあんちゃんであるはずだ。しかしあんちゃんはフキ子さんに心を開いてくれていない。

フキ子さんはそんな気がしていた。実家の母を嫌っているのは理解したが、全く同行しようとしないことに気が折れた。一人で帰るには実家の敷居は高い。ココを連れて里帰りをすることにした。

幼いココにそのわけは全くわからない。ココはフキ子さんの実家で初めてラーメンなるものとコーヒーを飲み、開け広げられた座敷の隅の布団で、ぐっすり眠り込んでいた。

「こんなんだったら、正さんが嫁にと言ってきたとき、結婚したほうがまだ良かったかね」

「そんなこと言って、親子ほど年が違うと反対したのは母ちゃんでしょう」

「それに無事引き揚げできたかどうかもわからないのよ」

「正さんならフキ子を大事にしてくれたよ、きっと」

ココは寝返りを打ち、大人の話が聞こえてきていた。どうもあんちゃんの話をしているらしい。聞いてはいけない話。四歳にしかなっていないのに、大人の中で育ったココは微妙に早熟だった。聞こえないふりをして眠りに落ちた。

あの日の夕方、いつもなら夕飯の支度に家族は家に帰ってくるのに、今日は誰もいない。母ちゃんが慌ただしくココを呼び、念を押す。

「これから夜なべをして豆を刈り終えなきゃならないの。台風が来るからね。ココ一人で留守番していなさいね」

こくりとうなずいた。簡単に受け止めていた。外はまだ明るい、家で一人で過ごすのは慣れていた。一人遊びが好きだったから。新聞紙で折り紙をしたり、絵を描いて遊んでいた。

でも一人はやっぱりつまらない。周りはどんどん暗くなっていく。夕焼けが西側の空を染める。防風林のシルエットがくっきり浮き上がり、天国とかあの世とかは、こんなふうに美しいのだろうか。台風は本当に来るのかしら。風が出てきたみたい、太陽はするすると音もなく沈み、周囲から光が消え闇が急速に押し寄せてきた。

いつもは家族で溢れ、家の広さも気にならなかったが、いまはココが裸電球の下の居間に一人いるだけ。玄関にも、台所にも、座敷にも誰もいない。猫も犬もいない。母屋の近くには家畜小屋があったが、馬もいない。ココ一人だけ置き去りにされていた。

  

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