バースデーソングは歌えない。
3 抱擁 〜喜美子〜
《1105号室だからね! 番号押して呼出、押してね(ニコニコ)》
数分後にはインターホンにあの愛おしい顔が映る。
オートロックが解除され、少女は、広々としたロビーから、エレベータで十一階まで向かう。ホテルライクな内廊下をずんずん進むと半開きになった1105号室の扉から優しい顔が微笑みかける。
喜美子の姿が見えると、少女は、ああ、と思った。ほとんど記憶にない、「ただいま」の瞬間―どの場所であれ、性格は左右されないものだと、自分の同一性を疑いもしなかったが、喜美子を認めた瞬間、これから始まるだろう新しい生活を想い、身がとろけるような官能的とも言える安心感が生まれた。
この感覚は、喜美子の中にも生じた。「おかえりね!」二人は再会し、笑顔を交換すると、少女の腹が大きく鳴った。小さな体から発せられる生物音が憐みの念を呼び起こす。
「お腹減ったよ〜」
「何食べたい?」
「うーん、何がある?」
「なんでも」
こんなやりとりが日常を彩っていくなんて最高じゃないか、と喜美子は思う。スマホでできるにもかかわらず、テレビの電源を入れ、リモコンに向かって宅配サービス名を唱えると、大画面が反応して切り替わり、洋食、和食、多種多様な料理のサムネイルが一面に整列した。
「おー」と口をあんぐりしてパチパチと拍手をする少女。
「何系がいい?」
「お肉!」