「わあ、すごーい! きれい!」
子どものように―実際子どもだが、東京の夜景に感動する彼女の純粋さに、喜美子は懐かしさを覚えた。自分にも、そんなときがあった。
「新宿とか渋谷とか、慣れてるんじゃないの」
「ぜんぜん! こんな高いところからなんて初めて」
両手とおでこをぺったりとガラス窓にくっつけて、街を模(かたど)る光のドットを満遍なく見渡す。
「あれが働いてる会社」
「え? すごくない? なんか超近未来って感じ」
新本社ビルが昨年に竣工し、喜美子はそれに合わせてこのセントラルピア麻布十番1105号室へ引っ越してきた。徒歩圏内。全てが会社中心に回っている。
「こんなとこに住んでるんなんて、おねーさん、お金持ちだ」
少女の指摘どおり確かに貯蓄はあった。必要な家具は全て揃ってるし、不便は全くない。毎日、望めば好きなものを飲み食いできるし、フランス製の最高級寝具に身を包み、その日を終えられる。四十代で、この暮らしを送れる者はそう多くはいないはずだった。「独身貴族」の皮肉も板に付いてきた。
「ねー、ここ開けていい?」 クローゼットに手を掛け、喜美子が「いいよ」と言う前に扉を引いている少女の漫画のような無邪気さに、希望の一片を見つけた気がした。
少女は、服の間に手を差し込んでは捲(めく)って「いいなあ」を連発する。可愛いものに対して「かわいい」と大声を張り上げる真っ直ぐさ。新しい自分の姿に想像を膨らませるのを見て、
「それ、着てみてもいいよ」と促す。
「ほんと? やった!」少女は、あからさまに喜びを表し、漆黒のダブルコートに袖を通す。