大阪弁で読む『変身』

最初は何べんかツルツルのタンスから滑り落ちたものの、ついに一回弾みをつけて体を起こした。体の下側が火でもついたように痛かったけどもはや気にもとめなんだ。

手近な椅子の背もたれに倒れかかってそのふちに脚でしっかりしがみついた。そうやってグレゴールは我に返って口をつぐんだ。支配人の言葉が聞こえてきたからやった。

「一言でも分かりましたか?」

支配人が両親に尋ねた。

「私らをおちょくっとんちゃいますやろな?」

「んなアホな」

涙ながらに母親は言うた。

「あの子はたぶん重病なんですよ、せやのに私らはあの子を責めたりして。グレーテ! グレーテ!」

「お母さん?」

部屋の反対っ側から妹が言うた。グレゴールの部屋をはさんで両側から話し合うとったわけや。

「すぐにお医者さんとこ行っといで。グレゴールは病気やわ。グレゴールの話聞いとった?」

「動物の声でんな」

そない言う支配人の声は母親の金切り声と反対にえらく低かった。

「アンナ! アンナ!」

玄関ホール越しに父親が台所に声をかけて手を叩いた。

「すぐ鍵屋を呼んでくれ!」

言われたはたから若い娘二人はスカートひるがえして玄関ホールを走り抜け──いったいどないして妹はそんな手早(ばよ)う服を着てん?──玄関のドアをバーンと開けた。

ドアを閉める音は聞こえんかった。開けっ放しやった。大きい不幸におうた家にはようあるこっちゃ。

せやけどグレゴールはどんどん冷静になっていった。グレゴールには自分の言葉がさらにはっきり聞き取れたけど、それは恐らく耳が慣れたせいであって、誰にも一言も理解できんかった。

ただグレゴールが尋常ならざる状況におることだけはみな疑わなんだし、グレゴールを助ける腹も決めとった。

最初の指示は揺るぎない確信をもってくだされ、その確信にグレゴールは満足した。人間様の仲間に戻れた気がしたし、医者と鍵屋が、グレゴールはこの二つを特段分けては考えなんだが、驚くばかりの成果を上げてくれると思えた。

目前に迫る決定的な話し合いにそなえて最大限はっきりした声を出せるよう軽く咳払いした。もっともできるだけおさえ気味で。

この音にしてからが人間の咳払いには聞こえへんかもしれんし、その辺を自分で判断できる自信はあれへんかった。