第一部
母との絶縁・パニック障害
こうして私は30歳を迎え、全力で凪人と向き合う育児をしていく中、突然立てないほどの下腹部の痛みに襲われた。検査の結果、右の卵巣に大きな腫瘍があることが分かった。
即入院、翌日には手術と決まったが、まだ2歳の息子を抱えたまま立ち尽くした。そのときまだ何も知らず仕事中の一樹。
このまま入院と言われても、2歳の息子を抱えたまま今からどうしたらよいのだろう。
連絡を受けた一樹は、すぐ翌日から一週間の休みをもらい、入院期間中は一樹の実家で凪人と過ごしてもらうこととなった。
こんな事態になり父と母にも連絡をしたが、たまたま仕事が休み期間だったはずの母は何も手を貸してくれる素振りもなかった。
父は手術を控えた私に「何か困ったらいつでも連絡してこいよ」と言ってくれた。父だけでも親らしさがあったことに安堵したのも束の間「ただ、俺が酒飲む前に言ってな」という言葉を聞き、唖然とした。せめて手術の日くらいお酒を飲まないという選択肢があの人にはないのか。
介護に加え2歳の孫とも過ごすこととなったお義母さんの事情も知りながら、母はなぜそんな対応なのか。「行ったことない病院だから行き方が分からない」というだけで、結局一週間の入院の間、母が顔を出してくれたのは一度だけだった。
顔を出したかと思えば、怪しげな健康グッズの話を持ってきて、無料でその機器を借りられるのがあと数日だからと押し売りをしてきた。