第一部
結婚
私自身、母親としてのモデル、お手本がない中での育児。だからかえって自分の中で創り上げた完璧な母親像だけが膨れ上がり、理想だけが一人歩きして苦しむこともあった。
けれど、今振り返れば、いろいろ頭の中で難しく考えすぎなくてもよかったと思える。
母親でも人間だから、イライラしたり余裕のないときだってあるのは当たり前で、遊んであげられないときだってあるし、思うように家事が進まないときもあって、それでいいのだと思う。ただ、あなたが大好きだと言葉で伝え、力一杯子どもを抱きしめ、叱りすぎた時には抱きしめ、それさえできていれば、もしかしたらそれだけで充分なのかもしれない。
愛されているという実感があれば、子どもはまっすぐ育ってくれるのだと知った。
息子が生まれ、一樹と息子の楽しそうな笑い声を聞いていると、初めて体感する幸福感がそこにはあり、風俗に依存していた自分はもうそこにはいなかった。
このただ普通の、平穏な家族3人の暮らしは私にとってかけがえのないものになり、私が長年もがいていた先にあったこの生活。私が本当に欲しかった日常はこれだったのだと痛感した。
薔薇の花・忘れられないサプライズ
一樹は、出逢ってからどれだけの月日が経過しようとずっと何ひとつ変わらず、私との関係も家族という関係も本当に大切にしてくれる人だった。
子どもが生まれると、それまでのように2人きりでデートをするなんて時間は必然的になくなり〈家族の時間〉になる。
けれど、家庭を持つこと、家族を作ることが夢だとずっと言っていた彼にとっては、息子が生まれてからはきっと特に幸せな日々だっただろう。
結婚してからもずっと、仕事帰りはどこにも寄らずまっすぐ帰宅する彼は、家族がすべてのように思えた。
自分の時間よりも家族の時間が何より楽しいと言っていた。
一樹は、恥ずかしいような言葉もさらっと言ってくれる、とてもロマンチストな人で、いつも私を喜ばせたい、驚かせたいといろんなサプライズをしてくれた。一樹は不器用な人だから、だいたい私がサプライズのタイミングや内容を察知してしまうことが多かった。
けれど、それが逆にとても彼らしくて、私よりも年上なのに可愛いミスをするところがむしろ可愛く、愛しいとさえ思えた。
書き始めたらキリがないくらい、いろんなことをしてくれた。
たくさんのサプライズの中でも、一番強く印象に残っていることがある。