見慣れたような、初めて見るような、お前の部屋。

熱量のない、静けさの漂う白く烟(けむ)ったような部屋。

一つ一つははっきり見えているのに、全体を見渡すとはっきりとしない。

僕は踵を返してリビングに戻ると、机の上に置いてあったティッシュボックスから一枚引き抜いて少し垂れた鼻水を拭い、ゴミ箱に捨てた。そして何となくお前がいつも座っている椅子に腰掛け、そこから見える光景を見つめる。

椅子を回転させ、パソコンデスク側に背を向けた。

右側にあるキッチンには光が届いておらず、奥に行くにつれて薄暗くなっている。冷蔵庫のモーター音が思い出したように唸りをあげ、しばらくすると止んだ。その上に置かれた電子レンジのミラーガラスが黒く光っている。

左手側にベランダに続く窓があり、今は織部(おりべ)色(いろ)のカーテンで隠れている。その脇に積み上げられた段ボールケースが二段あり、どちらもお前が愛飲しているドリンクのロゴが入っていた。埃は被っておらず、母親の綺麗好きさが伺える。

そこで、引っかかっていた違和感に気付いた。

お前の部屋に点在していたあの無邪気な玩具の姿がどこにもないのだ。

時たま僕の家に代引きで送られてきては迷惑をかけていたあれら。

確か、一纏(ひとまと)めにされていたはず。

立ち上がってカーテンを捲(めく)ったり、駄目かな、と思いながら収納棚を開けたりしてみた。しかし目当ての物はどこにもなかった。

母親が持って帰ったのだろうか?

僕は戸棚を閉めると、スマホを取り出して時刻を確認した。

リビングから出て玄関の扉を閉め、鍵を掛ける。

帰ったらお前に謝ろう。もしかしたら、お前から連絡があるかもしれない。

僕はお前のマンションを背に、車に乗り込んだ。

     

【前回の記事を読む】「本当に事故なの? 酔っぱらって転んだにしては、ちょっと…本当に酷い怪我だよ。何だか怖い。遠くに行っちゃう気がして」

次回更新は1月3日(金)、20時の予定です。

     

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