第二章 小窓尾根
川田は全身をじたばたともがき、何とか腕を突っ張って雪中にはまった胴体と足を引き抜いた。そして、数歩下がってから自分の胴体が突き抜いた穴を眺めた。穴の先には、大人が一人すっぽりとはまりそうな空洞が広がっていた。空洞の底には雪の下の土と草木が微かに見えていた。
「シュルントか?」
「シュルントですね。下まで空いています」
シュルント(ベルクシュルント)とは、クレバス様の雪の裂け目のことで、大きいものであれば落ちたら怪我や事故に繋がる。鬼島は「巻くぞ」と言って下方からそのシュルントを大きくよけ、川田を抜かして進んだ。
雪壁の左端に達しても、鬼島は休むでもなくそのまま小窓尾根の登りに突っ込んでいった。川田もまた、無言で続いた。雪壁の傾斜は強く、雪面が目の前に迫る勢いであった。やわらかい新雪はぐずぐずと崩れた。しっかりとピッケルのシャフトを雪面に差し込み、キックステップを雪壁に蹴り込んでいかないと登ることができない。
ピッケルのシャフトを雪壁に突き刺し、アイゼン(氷や雪の上を歩く際に靴底に取りつける滑り止めの金属製の爪)を雪壁に蹴り込む。また突き刺し、蹴り込む。そんな登攀を一時間も続けると、どっぷりと日は沈んだ。ザックからヘッドランプを取り出し、雪面を照らしながらさらに登ると、ようやく一,四〇〇メートルの肩状の台地にたどり着いた。